第四十一話 また打ち上げ
「あら、ユウリちゃん、飲まないの?」
渡された缶コーヒーを飲まない私を見て、不思議そうに聞いてくる蓮田さん。
「この状態にMAXコーヒーはキツいですよ・・・」
疲弊した喉に激甘コーヒーは勘弁して欲しいです。逆に無糖のコーヒーが欲しいのですが、頂き物に贅沢は言えません。
「じゃあ、私のチェリーコークと交換する?」
そんな懐かしい代物、一体どこから仕入れてきたのでしょう。ここのスタッフさんが発掘してくるのでしょうか?
「誰か水を下さい」
スタッフさんが持ってきてくれたのは、「小鹿野の美味しい水」でした。こんな埼玉県民でないと知らないような地名を冠した商品を用意するとは、仕入れ担当のスタッフさんは埼玉県民かもしれません。
※こんな商品はありません。
小鹿野の美味しい水で喉を潤し、暫しの休憩です。ここで喉を使っては休憩の意味がないので、私と蓮田さんは話しません。
「後半入ります。準備をお願いします」
私と蓮田さんはブースに入り、マイクの確認をします。問題ないので、後半の収録がスタートします。
デスクに届いたメールがプリントアウトされて置かれていたので、まずはこれを読みましょう。
「はい、さっそくメールが届きました。ラジオネームTAKAさんより。お願いです、私にも聖獣様をモフらせて下さい」
「モフりたい気持ちはよくわかりますが、転生しないと無理なので動物園の虎さんで我慢して下さい」
「東武動物公園ならば白虎が居るので・・・って、そっちも無理です!」
私が突っ込まないと、果てしないボケ合戦に発展しそうなのでここらで突っ込みを入れておきましょう。
「群馬サファリパークで虎の赤ちゃんを抱けるイベントがあったような。あれ、まだやってるのかしら?」
「埼玉・群馬ネタで、関東圏以外のリスナーの人にはサッパリですね。と言うか、まだ放送していないのに、何でメールが届くんですか?」
生放送してるなら届くかもしれませんが、これは録音だから届くはずがないのです。
「細かい事は気にしちゃダメよ。まあ、こんな感じでお送りしていきます。ユウリちゃんの声が毎週聞けるのはこの番組だけ。楽しみにして下さいね!」
蓮田さんがまとめに移行したので時間を確認すると、いつの間にか終わりの時間が迫っていました。
「私の声は置いておくとして、アニメ版悪なりの情報をお送りしていきます。お楽しみに!」
「それでは、ラビーシャ役の蓮田典子と・・・」
「ロザリンド役、ユウリがお送りしました」
「「来週もお楽しみに!」」
BGMが流れ、収録は終了です。グダグダで、これで良いのかと疑問に思いますが中断されなかったので良いのでしょう。
「この放送は、困った時にはロッザリンドォォォ!でお馴染みのロザリンド教の提供でお送りしました」
蓮田さんがスポンサー名を言って終了です。外を見るとスタッフさんが両手で大きく丸を作っていました。
「はあ、緊張しました」
「もう終わり?楽しかったのに」
精根尽き果て、机に突っ伏した私に対して不満そうに呟く蓮田さん。
「私は限界ですよ。疲れました」
慣れている蓮田さんは良いですが、私は初めてのパーソナリティーな上に暴走しそうな蓮田さんを抑える役です。どうしたら良いものやら、無我夢中でした。
「二人ともお疲れ様。ユウリちゃん、大丈夫?」
蓮田さんがやたらと元気なので、私の元気のなさが浮き彫りになってるみたいです。
「予想よりも大変でした・・・これ、毎週やれるかしら?」
早くも挫けそうです。しかし、お仕事として受けた以上、打ちきりになるまで続けなくてはなりません。
「慣れれば大丈夫よ。ユウリちゃん、打ち上げ行きましょう!」
私の腕を抱いて歩き出す蓮田さん。桶川さんやスタッフの人たちもついて来ます。行くことは確定事項なのでしょうか。
「えっと、今日はちょっと疲れて・・・」
「大丈夫。お姉さんが癒してア・ゲ・ル!」
かえって疲れそうだと思うのは気のせいでしょうか?そんな私を連行し、近くの居酒屋さんに入る蓮田さん。桶川さんやスタッフさん達も続いて入店しました。
皆さん手慣れた感じでお酒や食べ物を注文していきます。もちろん私は烏龍茶を頼みました。未成年なのでお酒なんてもっての他です。
「ユウリちゃん、良かったよ」
「来週もこの調子でね!」
スタッフさんが代わる代わる声をかけてくれました。
「ユウリちゃ~ん、飲んでる~!」
「蓮田さん・・・もう酔ってますね?」
蓮田さんは私の胸に顔をうずめ、イヤイヤをするように首を左右に振ります。力任せに離す訳にもいかず、かといってこのままという訳にもいかず。
こういった場に来たことがない私は、どう対処して良いのか判らずに硬直しました。
「ユウリちゃんの胸~。フカフカで気持ちいい~!」
私達はスタッフさん達に注目され、みんな顔を赤くしています。女性スタッフも男性スタッフも、羨ましそうにしているのは何故でしょう。
「桶川さん、助けて下さい!」
「可愛い女の子と美人の絡み・・・良いわね~!」
桶川さんもスタッフの人達も、お酒を飲みながら見つめるのみ。只の一人も助けに来てはくれません。
「い・・・いい加減に・・・してっ!」
我慢の限界を迎えた私は、蓮田さんの頸動脈を手で圧迫して落としました。昔習った柔術が役に立ちました。
言葉もなく崩れ落ちる蓮田さん。私は背中を支え、壁にもたれかけさせました。
桶川さんとスタッフさん達は、一瞬で蓮田さんを気絶させた私に唖然としています。
お酒を飲むのはよいですが、お酒に飲まれないで下さいね。




