第三百八十五話 雪の猛威
挨拶しておばさんと別れ駅前を目指します。帰り次第本の発売を催促された事をお父さんに伝えなければいけません。
広い通りに出ましたが、車道は殆ど除雪されていませんでした。埼玉にラッセル車なんて配備されてる筈はないので、予測通りではあります。
人力で除雪しようとすると途方もない人数が必要となりますし、「こんな事もあろうかと」と言って秘密兵器を用意してくれてる人なんて現実にはいないのです。
それでも何とか人一人は通れるよう除雪された道を通り商店街に着きました。しかし、お目当てのケーキ屋さんには入れませんでした。
なんと、アーケードの天井が雪の重みで崩落してしまっています。大量の雪と天井の残骸でとても入れません。仕方ないのでお店に電話してみましょう。
「もしもし、ケーキを予約していた北本ですけど」
「ああ、遊ちゃんかい。ケーキ作ってあるよ。裏口に取りにおいで」
正面からは入れないので裏口から取りに行く事になりました。雪を掻き分け裏道を通り裏口に到着しました。電話で言われた通り、3回ドアを叩きます。
「誰だい?」
「北本遊です。ケーキを受け取りに来ました」
少し開いた扉から店主さんが覗いて言葉を重ねます。
「・・・合言葉は?」
「合言葉?知らないわ」
「合言葉だぞ?」
「合言葉よね、知らないわ」
問われた合言葉を知らないと答えられ、空気が重くなりました。そして待つこと十秒ほど、扉が大きく開きました。
「合格です、入って下さい」
「事前に連絡してケーキ買いに来ただけなのに、こんな物々しい事やるとは思わなかったわ」
私は危険な薬の取引をしにきた訳でもなければ、銃器の密売をしにきた訳でもありません。ただ携帯で電話してクリスマスケーキを買いに来ただけなのです。
「小説で読んでこんなシチュエーション憧れてたんだよね。普段店でこんな事出来ないじゃない?」
ケーキを買うために合言葉を求められるケーキ屋さん。賛否両論出るかもしれませんが、たまにはあっても面白いかもしれません。
「はい、注文されてたケーキ。大きいから気を付けて持って帰ってね」
無事にケーキを受け取りました。ちなみに合言葉を知らないと言ったのは、合言葉が「知らない」だったからです。
「さて、気を付けて帰らないとね。転んでケーキが台無しなんて洒落にもならないわ」
一歩づつ、真上から地面と平行になるよう足を踏み出します。折角のケーキを転んで崩す事の無いよう慎重に歩きました。




