第三百八十四話 ケーキを買いに
食事も終わり、炬燵に入っての一家団欒となりました。かまくらの中は結構暖かく、居心地が良いのです。
「お父さんとお母さんは夕方まで仕事だけど、遊と由紀はどうするの?」
「私はこのかまくらでぬくぬくしてる」
引きこもり宣言した由紀の脇には、声優雑誌やアニメ雑誌が山のように積まれていました。大雪でも由紀は通常運転です。
「私はクリスマスケーキを受け取ってくるわ。駅前までなら何とか行けると思うの」
配達してもらうというのは、今日の道路事情では望めないでしょう。こちらから受け取りに出向く方が無難かと思います。
「気を付けてね遊。ケーキは今日じゃなくても大丈夫よ?」
「ロケで豪雪地帯に行ったりもしたから慣れたわ。任せてよ」
ラジオ番組の生放送企画で極寒の大雪山からの生中継を行った経験が活かせそうです。寒さで凍えた蓮田さんが殆ど喋れていなかったのはご愛嬌ということで。
「歩いて行くの大変だから車で行くか?知り合いがいつでもLCAC出すって言ってくれてるぞ?」
「お父さん、それ車じゃないから!しかも、家の前の道路に入れないから!」
駅前のケーキ屋に行くのに、上陸作戦用の軍用ホバークラフトを乗り付ける人はいません!
これ以上家にいたら何が飛び出すかわからないので、素早く出発することにしました。
ザクザクと音をたてて雪道を歩きます。辛うじて人一人通れるように除雪された道の両脇には、よけられた雪が積まれて壁を作っていました。
「まるで道が開通したばかりの黒部みたいねぇ、行ったことないけど」
テレビで毎年紹介される、黒部の道路開通式。道の脇にそそりたつ雪の壁を思い出します。あの圧倒的な雪の壁は是非とも生で見たいものです。
「遊ちゃん、お出かけかい?」
「こんにちは、ちょっと駅前まで買い物に行ってきます」
雪掻きをしている近所のおばさんに声をかけられました。この辺は昔からの町なので御近所の付き合いは深いのです。
「女の子に買い出しに行かせるとは、遊ちゃんのお父さんはダメダメだねぇ」
「お父さんは缶詰にされてますから。それに雪掻きを頑張ってくれましたから、買い物は私が行くんです」
「遊ちゃん、お父さんに伝えてね。新刊を家族揃って楽しみにしてるって」
御近所ではお父さんとお母さんの職業は有名になっています。しかし騒いだりしないで普通に接してくれているのでした。
「わかりました。お父さんには『おばさんがとっとと次の本を出しなさい』って怒ってたと伝えます」
「あはは、私だけじゃなく家族全員がって伝えておくれ」
皆がこういう対応をしてくれるのならば私も正体を隠す事なんてしないのですが、悲しいかなこういう人達は少数派なのです。




