第四十話 ラジオの収録
スタジオにつきスタッフさん達にご挨拶。新人の私を軽視せずに挨拶を返してくれました。悪なりのスタッフさん同様、ここの人達もいい人のようで安心です。
台本を見て必用な宣伝を再チェックしていたら、蓮田さんが入ってきました。こちらを見るなり早足で向かってきます。
「ユウリちゃん、おはよう。今日も可愛いわね!」
私の前に来るや否や、強く抱きしめられました。挨拶を返さなければならないのですが、それが出来ません。
蓮田さんの豊満な胸に顔が埋もれて息が出来ません。背中に回した手でタップしていますが、気付いてくれず限界が近付いて来ました。
「蓮田さんいい加減離してくれないと、ユウリちゃんが道返大御神の向こう側に旅立つわよ」
「ユウリちゃんが可愛すぎるからつい」
柔らか窒息地獄から解放された私は、酸素を肺に取り込むのに忙しく返事が出来ませんでした。
少し余裕が出来て周囲を見回すと、スタッフさん達は顔を赤くしてこちらを凝視しています。
「俺も埋もれたい・・・」
「抱きしめたい!」
「お前、ロリコンか?」
「いや!ユウリちゃんならOKだ!」
「うん。ユウリちゃんを抱きしめるのも良いが、蓮田さんの胸に埋もれるのも良い!」
口々に言いたい事を言う男性スタッフに対し、数少ない女性スタッフが冷たい眼差しを突き刺しています。
「収録始めましょう。時間押してるんじゃないの?」
蓮田さんの言葉に正気に戻るスタッフ達。心の中では、原因のあんたが言うなと突っ込んでいることでしょう。
「スイマセン!すぐに準備します!」
「光子魚雷全管装填、方位修正上下角三度!」
「準備終わりました!ブースに入って下さい!」
途中、砲雷撃戦の準備がされていたようですが、私は由紀や友子ではないので突っ込みません。
録音するブースに入り、備え付けられた椅子に座ります。マイクの位置を微調整して声をちゃんと拾うか確認します。
特に問題は無いようで、ブースからスタッフさんが退出します。内部に私と蓮田さんだけになったのを確認して扉が閉まり、収録の準備が完了です。
「では、収録開始します」
大きな窓の向こうでプロデューサーさんが手を付きだし、広げられた掌の指が一本づつ折れていきます。
「ロザリンドと・・・」
「ラビーシャの・・・」
「「クリスティア放送局!」」
タイトルコールに合わせてBGMが入ります。因みに、クリスティアというのは物語の舞台となっている国の名前です。
「とうとう始まりました!『ロザリンドとラビーシャのクリスティア放送局』司会はラビーシャ役の蓮田典子と・・・」
「ロザリンド役、ユウリでお届けします。なおこの放送は、いつでもどこでもロッザリンドォォォ!でお馴染みのロザリンド教の提供でお送りします」
教祖様は、女子高生が正体隠して声優をやる小説や、胸が大きい男の娘が芸能人になる小説を書いたりしているそうです。
「それはさておいて、この番組は四月から始まる新番組、『悪役令嬢になんかなりません。私は『普通』の公爵令嬢です!』の告知番組です」
「ユウリちゃん、そんなの言わなくてもこれ聞いてるリスナーさんは知ってるわよ」
それは同感なのですが、絶対に言わないといけない項目に入っているので言わない訳にはいかないのです。所謂大人の都合と言うやつですね。
「台本に必ず言うようにと赤丸付きで書いているので。と言うか、その告知がこの番組の存在意義だと・・・」
告知番組で告知をしないなんて、かき氷を氷抜きで頼むようなものです。
「というわけです。告知終わり!」
「蓮田さん蓮田さん、まだ始まったばかりですよ。まだ各コーナーのお知らせとかあるんですから!」
このまま終わったらリスナーさんはどんなコーナーがあるか判らないから、メールを出せません。
「面倒ね。ユウリちゃんお願い」
「デビューしたての新人に無茶言わないで下さい。私はまだ未成年の女子中学生ですよ」
何故に立派な成人で大先輩の声優さんを、デビューしたてで中学生の私が宥め透かしてお仕事させなくてはいけないのでしょうか。
「え~っと、アフレコの様子を伝える『こんなんやってます』、原作の先生へ質問する『何でやねん』」
「私達にやって欲しいリクエスト『こんなんたのんます』のコーナーがあります。どんどんメール下さいね!」
前半で言うべき項目はクリアしました。もうすぐCMの時間なのでギリギリでした。
「お便りはメールか電話、FAXでお願いします。くれぐれも伝書鳩はご遠慮下さいね」
「スタジオにはスペースが無くて鳩舎が無いので、伝書鳩のお世話は出来ませんからね」
もしスペースがあっても、糞で汚れるからビルのオーナーから苦情が出るので作れないでしょう。そんな事を思いつつ、休憩の為にブースから出ます。
「「「鳩舎があっても、鳩使う人おらんて!」」」
ブースから出ると、スタッフさん達から一斉に突っ込みを入れられてしまいました。
「ユウリちゃんがどんな突っ込み入れるかと楽しみだったのに、まさか更にボケるとは思わなかったわ」
ただ突っ込むのも面白くないと思ったので、私もボケてみましたがうけたようで一安心です。
「あんな感じで大丈夫でしょうか?」
「その調子で頼む。スタッフ一同爆笑してたからな」
プロデューサーさんが笑いながら缶コーヒーを渡してくれました。しかし、私はそれを飲む事は出来ませんでした。
プロデューサーさん、喋り続けた喉にMAXコーヒーはキツいです!




