第四話 誘拐事件
私を拐った女性は、デパートの駐車場に停めてあった車に乗せて移動を始めました。
「私、漫才師になるつもりありませんよ?」
「漫才師のスカウトじゃ無いわよ!あなたには・・・声優になって欲しいの!」
・・・は?いきなり声優?あのやり取りで、声優の勧誘だと思う人はどれだけいるでしょう。
「どちらかと言うと、イトーヨー○ドーの方が好きです。」
「だから、○友じゃなくて声優!」
漢字でないと分からないボケに、即座に突っ込まれました。やはりこの人、天性の突っ込み属性の持ち主ですね。
「なぜ私が声優なんですか?」
「先程の読み聞かせ、聞かせて貰ったわ。発音も良いし、声域も広い。間の取り方も見事だったわ。専門の教育を受けてるの?」
趣味を見つける為に、声楽や芝居も手を出しました。だけど、声楽は夢中になれる程じゃ無かったから止めました。
芝居は、この地味な顔では女優なんてなれないから止めました。その経験もあって、声域の広さは自信があるし演技も結構出来るのです。
「声優の訓練は受けた事無いです。声楽と芝居を少々・・・」
運転している女性は、嬉しそうに微笑みます。何か企んでいるようで、少し引いてしまいました。正直に言うべきではなかったかと、少し後悔しましたが後の祭りです。
「声域が広い上に、芝居経験有り!願ってもない物件だわ!」
「駅から歩いて3分、敷金無しの掘り出し物ですよって、私はワンルームマンションですかっ!」
「ノリ突っ込みまでこなすとは!これでM1はいただきねっ!」
この人、ノリ良すぎです。会話は楽しいけれど、このままでは話が進みません。
「あの、話を進めませんか?」
「脱線させたアンタが言うかっ!・・・着いたわ」
停まったのは、地下駐車場らしき場所。漫才やってたせいで、どこ走ってたかサッパリ分かりません。
「こっちよ。着いてきて」
女性はスタスタと歩き出しました。慌てて着いていくと、エントランスの奥に階段とエレベーターがありました。エレベーターで最上階へと上がります。
「ここよ」
ドアには「社長室」と書いてあります。ノックもせずに、大丈夫なのでしょうか?
そんな心配を他所に、女性はさっさと部屋に入ってしまいました。続いて中に入ると、高価であろう執務机と応接セットが並んでいます。
「さ、座って」
促され、ソファーに座ります。浅く座り、即座に立ち上がれる姿勢を維持しました。
「突然連れてきてご免なさいね。あまりの逸材ぶりに、ついね」
ついね、で許されたら国連軍は必要ないと思います。
「私は、桶川京子。この桶川プロの社長よ」
差し出された名刺には「株式会社 桶川プロ代表取締役 桶川京子」と書いてありました。
「へぇ~、社長さんなんだ。じゃあ、組織ぐるみで未成年の誘拐を?」
「誘拐って・・・まぁ、確かにそうなるわね。あ、飲み物はコーヒー?紅茶?」
そこでニ択をぶち壊すのが私。無理矢理連れて来られたのだから、少しは意趣返しをしてもバチは当たらないと思います。
「では、ザクロジュースで」
「はい。悪いけど、自分で入れてね」
目の前には、氷の入ったグラスと、500ミリペットボトルのザクロジュース。よもや、本当に出されると思いませんでした。
「うわぁ、あると思わなかったわ。懐かしい・・・」
もう10年以上前、越後湯沢のコンビニで一度だけ買った事あります。まだ売っているとは。
「で、夕方から録音するから宜しくね」
「私、やるとは一言も言ってませんよ?」
「いや~、決まってた子がダメになって困っていたのよ。助かったわ~」
・・・仕方ないわね。どうせ暇だし、一回限りならば付き合ってみるのも面白いかも。
「私、漫画もアニメも小説もあまり知りませんよ?それでも良ければ、一度だけやってみます」
こうして私は、お試しで声優にチャレンジすることに。訓練も受けていない素人の私では、お払い箱になるのがオチでしょうね。