第三百七十五話 最後の収録
「お父さん、お母さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい、遊」
「今日で最後だな、しっかりやれよ」
両親に見送られて家を出ます。玄関前にはいつものワゴン車に乗った桶川さんが来てくれていました。
「おはようございます、桶川さん」
「おはよう、遊ちゃん」
後部座席に乗ると車が走り出します。私はいつものように髪を解すと眼鏡を外しました。お化粧はしてあったので声優ユウリに変身完了です。
「いよいよ、今日でお仕舞いね」
「長いようで短い日々でした」
桶川さんに拉致されて、いきなりロザリンド役をやらされました。でも、そんな日々はもうすぐ終わりを告げるのです。
「桶川さんには本当に感謝しています。あの時会えなかったら、声優になろうなんて夢にも思わなかったでしょうから」
「私の方こそ感謝してるわ。とびきりの原石を見つけて、磨かれていく様を横で見ていられるのだから」
暫しの沈黙。冬が近付いた街並みをぼうっと眺めます。あの日突然に始まったロザリンド役。いざ終るとなると寂しくなります。
「さあ、着いたわよ。最後のアフレコ楽しんでらっしゃい」
「はい。精一杯楽しんできます」
車から降りて通いなれたスタジオに入ります。スタジオにはスタッフさん全員と、殆どの声優さんが勢揃いしていました。
「おはようございます」
「おはよう、ユウリちゃん」
「いよいよ今日で最後だね、しっかり終わらせよう!」
「「「「はいっ!」」」」
朝霞さんの激に私達の気持ちがひとつになりました。私のデビュー作にして初ヒロイン役となった「悪役令嬢になんかなりません。私は普通の公爵令嬢です」の最終回の収録です。
「では、収録を始めます!」
いよいよ、最後の収録が始まりました。最終回は主人公ロザリンド・ローゼンベルクと恋人のディルク・バートンの結婚式となります。
苦楽を共にした人達に祝福され、神の祝福まで受けての結婚式。結ばれた2人は馬車に乗り新婚旅行へと旅立ちました。
「はい、カットOKです!」
恙無く最後の収録は終わりました。打ち合わせた訳では無かったのですが、一斉に拍手が沸き起こりました。
「皆さん、悪なりは無事に完結を迎えました。これも一重にスタッフの皆と声優さん方の努力の賜物です。ありがとうございました!」
「簡単ではありますが、打ち上げの用意をしてあります。皆さん、ご参加下さいますようお願いします」
監督さんの挨拶に続き、助監督さんが打ち上げへと誘います。今日の打ち上げは事前に許可を取っているので私も参加する予定です。




