第三百七十二話 管理義務
「ちょっと待って、それで終わらせるつもり?」
「つもりもなにも、財布が見つかったのだ。それ以上何があると言うのだ?」
とっとと消えろって言いたげな男を睨みます。被害者の女の子は泣き出してしまいました。
「ここに置いて行ったポーチに入れていた財布が別の所で見つかりました。しかも、現金は抜き取られています。これは明らかに窃盗事件ですよね?」
「だから何だと言うのだ?我々には関係ない。とっとと帰りたまえ」
上司らしき男性は面倒だと言わんばかりです。その言葉は本気で言っているのでしょうか。
「関係ない?本気で言ってます?」
「当たり前だろう。そこの小娘が金を盗まれたというだけの話しだ」
この男性、責任者のようですがはっきり言って責任者失格です。早くアトラクションを再開する事だけを考えていて、その発言がどのような問題となるか理解していません。
「ここの説明では『貴重品はこの場に置いて行って下さい』となっていますね?」
「ああ。戦闘中にフィールドで落とされたら、今回のように捜索に時間がかかるからな」
時間がかかって迷惑だからもう帰れと言外に言っています。しかし、はい、そうですかと帰る訳にはいきません。
「貴重品を置いていくよう要求したのなら、それを保全する義務が生じるはずよ。それを怠って盗難事件を起こしたあなたたちに責任がないと?」
男の顔が一瞬歪みます。成人していなそうな小娘が反論してけると思っていなかったのでしょう。
「それと、窃盗事件として警察に通報しますのでお客さんの立ち入りを禁止してくださいね」
「客をいれるなだと?ふざけるな、これ以上営業を止められるか!」
すぐにでも営業を再開したい上司が怒鳴ります。しかし、怒鳴り声程度で怯む私ではありません。
「事件である以上、警察の現場検証は必要不可欠です。犯行現場に不特定多数の人を入れて鑑識の邪魔をするおつもりですか?」
「ガキの所持金なんか2万程度だろう!そんなはした金で警察が動くものか!」
確かに、あってはならない事ですが警察によっては小さい事件では門前払いになる事も有り得ます。だからと言って引き下がる積りは微塵もありません。
「では試しましょうか。110番よりは所轄署の方が話が早いわね。えっと、この辺の所轄は・・・」
「ちょっと、課長、まずいですよ。警察が動かなくとも、ネットの掲示板でこの件が広まったら!」
案内の女の人が男改め課長を諌めます。今やネットでの拡散力は無視できない影響力があるのです。
「チッ、おい、いくら盗まれたんだ!」
「えっ、えっと、昼御飯食べた時には確か15000円あったと思います」
課長の勢いに圧されながらも被害者の少女が答えました。課長は懐から財布を取り出すと紙幣を被害者の女の子に突きつけます。
「ほれ、被害を補填してやるから、ネットとかに書いたりするなよ!」
「あなた、それで構わない?」
「は、はい」
被害者の女の子は展開についていけないようで、半分呆けた状態で了承するのでした。
この事件、体験を元にしています。一緒に遊んだ友人が財布を盗まれました。
ナムコ側の主張は小説の通りで、私が管理責任を問うて警察沙汰にすると言った段階で損失の補填を切り出されて手を打ちました。




