第三百五十七話 米軍の配慮
「あれでは移動も大変でしょう。ヘリでテレビ局まで送りましょうか?」
「「「空は勘弁してください!」」」
取材陣に囲まれる事なく素早く帰れるのは嬉しいですが、暫くは空の旅は懲り懲りです。二人も同じ意見でした。
「だろうと思ったよ。今からデコイを出す、少しの間待ってくれ」
ゲートからゴツい装甲車がバイクを伴い出て行きました。取材陣の大半はそれを尾行していきます。
「まだ残っているか。だが、囮はまだある」
続いて派手な音をたててヘリコプターが都心に向けて飛び立っていきました。残った報道陣はそれが本命と睨んだらしく、それを必死に追いかけて去っていきました。
「これで障害はなくなりましたな。この車で送りましょう」
「こ、これでですか?」
「本当に乗って良いのですか?」
目の前に停まったのは、黒塗りのリムジンでした。普通の車の倍は長い代物で、昼間走れば注目を集めること間違いないと断言出来ます。
「英雄には、相応しい待遇が必要です。ご遠慮なさらずに」
私達にはそれに乗る以外の選択肢はなく、緊張しながらも乗り込みました。中は予想通りでした。フカフカの対面式の座席にテーブル、冷蔵庫まで付いています。
走っているはずの車内で私達3人は無言で座っています。はずとはどういう事だと疑問に思うでしょうか。振動も無ければ走行音もしないのです。
窓の外を流れ行く景色で走っていると辛うじて認識できる車内。私達は備え付けの飲み物に手を出す事も出来ずにまんじりとしていました。
「俺、こんな車乗るの最初で最後だろうなぁ」
「人生でこんな車に乗る機会があるなんて、思いもよらなかったよ」
私も2人の意見に同感です。一体幾らするんでしょうね、この車。少なくとも、一般市民の生涯賃金では足りないでしょう。なんて考えていたら音もなく扉が開きました。
「皆様、到着いたしました」
「あ、ありがとうございました」
恭しく扉を開けてくれた軍人さんにお礼をして車を降ります。軍人さんは敬礼して私達を見送り、そのまま帰って行きました。
「さて、俺達はディレクターの所に行くか」
「そうだな、暫くは仕事に不自由しそうにない。ユウリちゃんは迎えが来るのかな?」
「ええ。社長が来てくれるそうです」
まだ仕事の2人には悪いのですが、私は先に帰らせてもらいます。2人と別れ迎えに来ている筈の桶川さんを探しました。




