第三百五十一話 頼る相手
空いた席に滑り込み、シートベルトを着用します。操縦悍を少し押し、機体を水平に保ちました。とりあえず墜落の危機は脱した筈です。
「パイロットさん、意識は無いようだけど呼吸と心拍は?」
「ユウリちゃん、この人し、死んでる!」
呼吸と脈拍は停止しているようです。でも、止まったばかりならまだ蘇生する可能性はあります。
「これで人工呼吸を、心臓マッサージもお願い!」
ポシェットから人工呼吸用の補助具を出して後ろに放り投げます。おしゃぶりの真ん中を管にしたような物で、片方を患者に咥えさせ、もう片方から息を吹き込むというものです。
「うわっ、ユウリちゃんはいつもこんな物を持ち歩いてるのかい?」
「流石にAEDは無いから、心臓マッサージは人力でお願い!」
何があるか分からないのである程度の救命グッズは持ち歩いていました。このポシェットは友子の謹製なので、見た目よりも大量に物が入るので助かっています。
「頑張れ、戻ってこい!」
後部座席では必死の救命作業が行われています。私は地上の灯りを頼りに南下するよう機体を制御していきます。
「も、戻った!ユウリちゃん、生き返ったよ!」
「それは朗報ね」
それは目出度いのですが、問題はこれからどう行動するかです。現状飛行を維持出来ていますが、とても楽観出来る状態ではありません。
「インカムは・・・壊れてるわね」
パイロットが管制塔とやり取りをするためのインカムは、倒れた時にぶつけたのか折れてしまって転がっていました。
これでは管制塔と連絡も出来ません。
携帯で警察に通報はできますが、迂遠と言わざるを得ません。警視庁から航空管制をする空港に連絡、そこから私の携帯に電話をもらうなんてやっていたら、どれだけ時間を喰うのでしょう。
残存燃料での滞空時間がわからない以上、少しでも早く打開策を打たなければなりません。そう考えた私が仕事用の携帯からかけたのは・・・
「もしもし、北本先生、夜分にすいません」
「いえいえ、全然構わないわよユウリちゃん。何か緊急事態かしら?」
北本先生、つまりお母さんでした。日本の政治家や情報機関はおろか、アメリカやロシアの情報機関や軍までにコネがあるのです。下手な公的機関よりも頼りになると判断しました。
「実は・・・」
手早く現状を説明すると、主な計器の見方や操縦法を簡潔に伝えてくれました。現状を維持すれば大きな問題は無さそうです。
「その近くにも小さな飛行場はあるけど、素人が夜間着陸なんかやったら120%失敗するわ」
操縦で最も難しい着陸を、素人が夜間に強制的にやることになりそうです。無茶振りにもほどがあるわ。




