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第三十七話 疲れる一日

「間違いだ!ちょっとした間違いじゃないか?」


 慌てて書類を出す校長先生。何をどう間違えたらアルバイトの許可申請用紙とサイン用色紙を間違えるのでしょうか。


「全く・・・どこの世界にバイトの申請書とサイン色紙を間違える人がいるんですか」


「「ここに!」」


 この二人、誰かどうにかして下さい。まともな会話が出来ません。友子に通訳を頼めばとも思いましたが、この二人に友子を会わせるのは物凄く危険だと考え直しました。


「もういいです。これ、お願いしますね」


 サインした書類を校長に渡すと、校長と教頭は何かを期待するような目で私を見つめました。解りたくなかったのですが、何を求めているのかが解ってしまいました。


「・・・わかりましたよ。これで良いですか?」


 仕方なく二枚の色紙にサインしてそれぞれに渡すと、暗かった顔が別人かと思うほど明るくなりました。


「「サイン色紙、ゲットだぜ!」」


 ・・・この人達、本当に教師?と言うか、本当に大人なのでしょうか。もう相手するのも嫌になった私は、何も言わずに校長室を出ました。


 受付で退出手続きをして高校を出ます。まさか、校長と教頭まで由紀や友子と似たような人種とは。出来るだけ二人と接触せずとも良いようにしなければなりません。


 四月からの高校生活は、穏便にすごせるのでしょうか。まだ入学もしていないのに、不安が増していきます。

 そんな不安を感じつつ家に帰り、リビングで両親に報告しました。


「無事に手続きできて良かったな」


「協力してくれそうで良かったじゃない?」


 お父さんはいいとして、お母さんは笑いをかみ殺しながら言います。お母さん、私の心情を把握した上で楽しんでいませんか?


「それと、これからお仕事よね?」


 お父さんはそそくさとリビングから逃げ出します。私も逃げ出そうとしたけど・・・


「遊、どこに行くの?」


 襟首を掴まれました。いつの間に私の背後に回ったのか、お母さんの動きは全く見えませんでした。我が母親ながら、その素早さと気配を殺す技術は驚嘆の一言に尽きます。


「えーっと、お仕事の準備をば・・・」


「準備(着替え)、しましょうね?」


「イヤーーーッ!」


 ・・・桶川さんが来るまでの一時間以上、着せ替え人形にされました。車の中で沈む私。仕事の前ですが、既に精も根も尽き果てました。


「ユウリちゃん、元気出して、今日は予告も録るのよ」


 今日は本編の収録の後、次回予告も収録する事になっています。今日まで録らなかったのは、ラビーシャちゃんという兎獣人役の先輩声優さんのスケジュールが合わなかったからです。


 ラビーシャ役の蓮田典子さんとは先週初めて会いましたが、ベテランなのに気さくでよい人でした。

 先週は蓮田さんのスケジュールが押していて予告を録れなかったので、今日今までの分をまとめて録音するのです。


 この時、桶川さんがニヤニヤとなにかを企んでいる事に気付いていれば、少しは心構えも違ったかもしれないのに。私はそれに気付けませんでした。


 スタジオに到着し、先輩方に挨拶をします。円滑な人間関係構築の為には、挨拶を欠かす事は出来ません。今日初対面の方もいたので少し緊張しましたが、みんなよい人達で安心しました。


 本編の収録は何事もなく進みました。初めて見る先輩方の技に圧倒されつつも、何とか着いていきます。

 今までは、同時に収録したのは三人くらいでした。しかし、今日は四本のマイクに十人が代わる代わる声を入れていきました。


 出番が終わった人は退き、出番が近い人が入ります。せわしく入れ替わるのに、間違えたりぶつかったりしません。

 順番を決めていた訳ではないのに、入れ替わりの時にぶつかったりはしません。声を出せない状況で、細かく打ち合わせているかのようにスムーズに入れ替わります。


 私も何とかこなしますが、先輩方のフォローがあったのでぶつからずに済んだというのが正解です。


「あ~疲れた!回復しなくちゃ!」


 Aパートの収録が終わりブースを出ると、いきなり抱きつかれました。顔が柔らかい感触に包まれます。


「蓮田さん、またですか?」


 ラビーシャ役の蓮田典子さんでした。彼女は初めて会った時から抱きついてくるのです。私などを抱きしめて、何が面白いのでしょうか。


「蓮田さん、ユウリちゃんが苦しがってるよ?」


 スタッフの人が苦笑いしながら助け船を出してくれましたが、腕の力も位置も全く変わりません。


「あはは、ゴメンね」


 というセリフと裏腹に、体勢は何一つ変わっていません。深谷さんといい、蓮田さんといい、何故にこのような行動に出るのでしょうか。


「典子ちゃん、独り占めはダメだよ?」


 朝霞さんが微笑みながらやんわりとたしなめますが、やはり腕はそのままです。私はいつから抱き枕に転生したのでしょうか。


「私の出番終わったからいいの!」


 放す気配が全くありません。呼吸が出来ない程ではありませんし、私が我慢すれば円満に過ごせるのです。もう諦めましょう。


「はぁ・・・諦めます」


 周囲のスタッフや出演者は笑いながら見ています。見る方は「微笑ましい」という感想で良いでしょうけれど、抱きつかれている私はとても恥ずかしいのです。出来るなら、誰か止めて下さい。


「羨ましい・・・」


「俺も抱きしめたい・・・」


「俺は踏まれたい!」


 ちょっと、スタッフの中に変態が!暖かい目で見守っている場合ではありませんよ!


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