第三百四十八話 回り道
「ユウリちゃん、今日の仕事は花火大会の中継よ」
残り少ない夏休み。アメリカから帰った私を待つのは、やはり仕事でした。数日の休養を貰い疲れは完全に取れたので断るつもりはありません。
「ありがちな仕事と言えばありがちですね。どこの花火大会ですか?」
「戸田のレース場よ。スタッフはすでに待機してるから、すぐに調布に向かうわよ!」
戸田は裏和のすぐ南、私の家の近くで新宿から電車一本で到着します。それなのに、何故態々と調布まで行かなくてはいけないのでしょう。
「時間が押してるわ。すぐに移動よ!」
強制的に車に乗せられ、調布を目指すことになりました。走り出した車の中で事情を聞いてみます。
「で、何で調布なんですか?」
「そこでスタッフと合流するからよ。桶川からが理想的だったのだけど、押さえられなかったらしいのよね」
桶川さん、桶川が理想ってどういう事なのでしょう?桶川さんはナルシストなのでしょうか。
「中継は2班に別れて行います。メインは会場からなのだけど、ユウリちゃんは別動隊になるわ」
別動隊とはどういう事でしょう。私は会場に行かないという事なのでしょうか?それでどうやってレポートするのでしょう。
詳しい説明がないまま調布に到着しました。そして、目的地に着いて何故ここに来たのかが理解出来ました。金網に囲まれた広大な敷地。そこかしこでレシプロエンジンが回る音が響きます。
「これに乗って中継するのが今日の仕事よ」
「セスナに乗って空から中継ですか。誰がこんな事を考えたのですか・・・」
花火はすぐに燃え尽きるように作られていますが、直撃すれば装甲などない民間機など墜落してしまいます。
「そんなに近付かない予定だから心配ないわ。アメリカでスカイダイビングもやって来たのよね?」
確かにこの前の収録では爆撃機からのスカイダイビングもやりました。しかし、それとこれとは話が違います。
「嫌な予感はするけど、ここまで来て嫌も応もないわね。行ってきます」
ため息をつきつつも、いつも持ち歩いているポーチを持って機体に乗り込みます。操縦席の隣に座ると、後ろの席には撮影と音声のスタッフさんが乗り込みました。
「それでは行きますよ、シートベルトを締めて下さい」
中年のパイロットさんの指示に従ってシートベルトを締めました。安定したエンジン音を響かせセスナは大空へと舞い上がります。
進路を北東にとり、埼玉県へ入ります。乱気流に呑まれる事もなく快適な飛行が続きました。輝いていた太陽は徐々に顔を隠し、辺りは暗闇に包まれていったのでした。




