第三十六話 疲れるやり取り
家からそう遠くなく、進学校という事で決めた高校でした。やりたい事もなかったので高い偏差値だけで判断したのですが、学校のトップの情報も集めるべきでした。
「ちょっと待った!」
「出席なんかも優遇するから!」
それって、公私混同ではないでしょうか。私情(趣味)の為に権力を行使するなんて、許される行為ではありませんが私には助かります。
何せ、仕事が入れば早退や遅刻、欠席をすることになります。この先どの程度の頻度で仕事が入るかは全く不明ですが、理由の隠蔽を含め学校のトップが協力してくれるならばユウリの正体を隠しやすくなります。
「では、許可をいただけますね?」
「「もちろん!」」
二人とも即答しました。不安は拭えませんが今から他校へ願書を出せるか不明であり、声優活動をしながら通学を許される学校があるか不明という点を考えると他に選択肢はありません。
「しかし教頭、該当する声優さんに心当たりは?」
「ふむ、そうですね・・・」
二人して考えること数十秒。鼻の下を人差し指で擦っていた校長先生と、逆立ちをしていた教頭先生が「ひらめいた」と叫んだ後で出した答えは同じでした。
「「ユウリさん!?」」
「・・・何でわかったんですか?」
両親にだってバレなかったのに、初対面の他人にバレてしまいました。既にデビューした声優であるというヒントはありましたが、まさかバレるとは思ってもいませんでした。
「フッ、我らの知らない新人声優で・・・」
「デビューが決まっているとなれば消去法で自ずとわかるというもの!」
「「いつも真実は一つ!」」
・・・そんな事でドヤ顔されても、反応に困ります。取り敢えずスルーしましょう。
「晴海、流通センター、幕張と転戦した我らをなめるな!」
何故か偉そうな態度の校長先生。あ、校長だから偉いのですね。でも、晴海って何でしょう。幕張は千葉の地名ですが、流通センターとは?
「それって、何の事ですか?」
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥です。疑問を口にすると、二人はかなりショックを受けたようです。そんなに重要な事なのでしょうか。
「教頭、晴海の国際展示場や流通センター、幕張メッセを知らないとは・・・」
「・・・由々しき問題ですな」
施設は知っていますが、それが何だと言うのでしょう。何か共通点でもあるのでしょうか。
「メッセや展示場は知ってますけど、それがどうかしたのですか?」
私の質問に、二人は更にショックを受けたようです。両手を床について項垂れてしまいました。
「コミケの歴史の基本すら身につけていないとは・・・」
「日本の教育は、どうなってるんだ?」
悲壮な空気を醸しつつ、真剣に話し合う二人。どうやら、オタク系の必須知識だったようです。
私は由紀や友子からそのジャンルの知識を(強制的に)教え込まれているとはいえ、そこまで知らないし知ろうとも思っていません。
「現役バリバリの教育者のあなたたちがそれを言う!それに、普通の教育ではオタク知識なんて教えないわよ!」
・・・今から受験間に合う学校あるかしら?天動説が証明されて証拠を突きつけられた地動説提唱者のように愕然とした夏風高校首脳の二人を見て、私は真剣に検討しだしました。
「やっぱり、他の高校にします」
多分、まだ間に合う高校はあるはずです。最悪、何か理由をつけて一年留年するという手もアリです。あの両親ならば、それも認めてくれるでしょう。
そう考えて踵を返し、退出しようとした。しかし、校長室からの退室は叶いませんでした。
「ちょーっと待って!」
「その辺の歴史も懇切丁寧に資料つきで教えるから!」
後ろからすがり付く校長&教頭。形振り構わず、大の大人が女子中学生にすがっているこの光景は、お巡りさんを呼ぶに相応しいと誰でも思うでしょう。
「・・・セクハラで訴えますよ?先生に抱きつかれたって」
「「スイマセン!」」
息の揃った動きでジャンピング土下座をする二人。もしかして、常習犯なのでしょうか。
「・・・ハァ、バイト許可の書類下さい」
トップがこれでも、有数の進学校であることは変わりないのです。普段は二人に会わないでしょうし、協力を得られるというのは魅力です。
「では、これにサインを」
校長が出してきたのは、サインペンとサイン色紙でした。これをどこからどう見たら、アルバイトの許可を申請する書類に見えるのでしょうか。
「校長先生、サイン違いじゃないですか?」
背後に般若を浮かべて微笑みます。本音を言うと、もうここから逃げ出したいです。
これが由紀か友子ならば、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだとか言うのでしょう。それがわかる辺り、私も彼女らに相当染められているのでしょうか。




