第三百二十一話 避けるが勝ち
投げ出したくはなりましたが、投げ出せばこの映画はお蔵入りになる可能性が限りなく高くなります。と言うか、間違いなくお蔵入りになるでしょう。
「わかりました。時間もないですし、厳しくいきますよ?」
「「「はいっ!」」」
撮影は一旦中止となり、猛特訓が始まりました。映画の撮影に来た筈なのに、プロの格闘家に指導を行なう事になると誰が予測出来たでしょう。
「特訓といっても、中身は単純です。2人1組で組手をしてもらいます。但し・・・」
「「「但し?」」」
どのような無理難題を言い渡されるかと緊張する武道家の皆さん。私は鬼ではないので、無茶な要求をしたりはしません。
「受けは禁止です。全ての攻撃をかわして下さい」
「受けは禁止?攻めオンリー」
呟いたスタッフの後頭部を、別のスタッフさんが殴り倒しました。他のスタッフさんからも白い目で睨まれています。
「受けが違う、受けが!女子高生の前で何を言っているのだ!」
私は何も聞いていないし見てもいません。うん。何も起きていませんでした。
「外野は放っておいて、始めて下さいな」
組手を開始した彼らは、予想通り苦戦していました。思うより先に動くよう修練した体は、相手の攻撃を無力化するべく動きます。しかし、それをやると魅せる闘いにならないので避けてもらわなくてはなりません。
「くっ、意外に難しい!」
「当たらなければ問題ないと、口で言うのは簡単だけど難しいよ!」
苦闘しながらも組手の手を止めない武道家さんたち。その間に対戦以外のアクションシーンとかを撮っていき、撮影にかかる日にちを出来るだけ少なくなるようにします。
日が進んでも相手の力を出しきらせる闘いに悪戦苦闘する武道家達。それでも何とか形になった人から対戦をして撮影していきます。戦闘用格闘術を極めた、ロシア人で大柄なザーギエフさんがへたりこんで呟きました。
「勝手の違う闘いとはいえ、どうしてここまで勝てんかな」
空手家の2人やヨガの人、電気を纏えるアマゾンの人やアメリカの軍人さんと対戦を終わらせた私は、今のところ無敗を誇っています。
「それは映画ですから。主役の私が負けてしまったら成り立たないではないですか」
「「「「「俺達ガチでやってるぞ!」」」」」
映画が成り立つように演技するのが女優です。私は声優ですが、細かい事を気にしてはいけません。
「私がほんの少々闘える声優というだけですよ。細かい事気にしてはダメです」
「「「「細かくねぇよ!」」」」
スタッフさんまで加わっての大合唱でした。映画撮影には好都合なのですから、そこは目を瞑って見て見ぬ振りをしてください。
武道家の皆さんの必死の努力もあり、撮影は進んでいきました。まだ甘い所はありますが、理想を追い求めていたら映画の撮影が終わりません。
「カット、オッケー!」
身軽な仮面を付けて鋭い爪を付けた人を倒した所で今日の撮影も終了しました。残るはラスボスである軍人さんとの戦いのみとなりました。




