第三十三話 予想通り
「驚くのは分かるけど、落ち着いてね。続きを話せないから」
友子はまだ息を荒くしているけど、少し落ち着いたみたい。これなら、続きを話しても大丈夫でしょう。
「学校で話さなかった理由、分かったでしょ?」
「うん。納得だわ。で、オーディションとか受けるの?声優さんに会ったの?」
「ちょっと、落ち着いて!ちゃんと答えるから!」
矢継ぎ早に質問をしてくる友子。これだから友子に言うのためらったのだけど、漫画・アニメ関連で彼女に隠し事をするなんて不可能に近い。
なので、先に教えておいて隠す事に協力してもらうのがベストだと思う。
「ハァ、ハァ・・・大丈夫、落ち着いたわ。で、どうなの?」
「オーディションは受けないわ。でも、何度かアフレコはやったのよ」
テンプレな反応が来ると予想して、私はまた耳を塞ぐ。その成果はすぐに現れました。
「えぇー!もうデビューしてるの!」
「放送は春からだから、まだだけどね。でも、テレビには出たわよ。友子も見たでしょ?」
耳を塞いでいた手を離して答えると、友子は首をかしげて考え込みました。テレビで見た私と今目の前にいる私が、結び付かないようです。
「遊がテレビに?私も見た?」
分からないわよね。声もユウリの時は少し変えてあるし、眼鏡をしてお化粧もしていません。
例え声が似てると思っても、あの私とこの私を同一人物とは思えないでしょうね。
「出るときは芸名で出てるもん。そのままで出るわけないでしょ?」
「でも、遊らしい声優さんなんて見たこと無いわよ?」
両親も私とわからなかったし、由紀も見抜けない位です。見抜けないのが当然でしょう。
「じゃあ、目を閉じていて」
素直に目を閉じる友子。では額に油性ペンで「肉」の文字を・・・
なんて事はやらないで、髪を解いて眼鏡を外します。化粧まではしないけど、これならば私が誰だかわかるでしょう。
「もう良いわよ」
目を開けた友子が、私を見て硬直しました。ユウリだとわかったようですが、念のためだめ押しをしておきましょう。
「こんにちは、ユウリです!」
ユウリの声で言い、営業スマイルを浮かべます。友子の口許がわなわなと動いたので、再度両手で耳をガードします。
「え・・・エエーーーーー!」
予想に違わず、三度目の大絶叫。しっかりと耳は守ったのでダメージはありません。
「友子、近所迷惑よ?」
「あの、えと、サイン下さい!」
鞄からサインペンと色紙を出す友子。その鞄、絶対中は四次元空間よね。
「友子、落ち着いて。私のサインなんかどうするのよ?」
「今注目の声優さんに会ってサイン貰わないなんて、勿体ないわ!」
ほぼ毎日会っている昔馴染みだとわかっているのでしょうか。
まあ、サインしても問題は無いからやりましたが、渡した色紙を大事そうに抱えられると少し引いてしまいました。
「ありがとうございます!握手もお願いします!」
おずおずと右手を差し出す友子。これは握手をしてほしいという意思表示でしょうか。
「友子・・・見た目はユウリだけど、中身は遊なんだよ?」
「それはそれ、これはこれよ!何で早く言ってくれなかったの!」
呆れながらも握手に応じると、右手はしっかりと握ったままで文句を言われました。
「正式に契約したのが昨日なのよ。打ち明けるのに覚悟を決める時間も欲しかったし」
理由を話すと、不承不承納得してくれました。そして満面の笑顔を浮かべる友子には、嫌な予感しかしません。
「そっか、分かったわ。ところで、台本ってあるの?声をやってみせてよ!」
こうなる事は予想していたので、苦笑いしながらもロザリンド役を演じてみせます。
とりあえず一話分やってみせると、喜色満面で拍手をしてくれました。
「この声が、アニメになって聞けるのね!待ち遠しいわ!」
どうやら友子のイメージに合ったようです。その後、アフレコの様子やらテレビの収録の様子を根掘り葉掘り聞かれ、由紀が帰る時間になりました。
「いけない、髪を戻さないと」
「由紀ちゃんには言ってないんだ」
「あの子に言ったらどうなるか、想像つくでしょ?」
慌てて髪を結いながら答えると、口に人差し指を宛てて考える友子。
「彼女もすごいアニメ好きだもんね。下手すると一日中ロザリンド役をやらされるかな?」
由紀と同じオタクだけあって、良くわかっていらっしゃる。私も間違いなくそうなると思うので話せないのです。
「そうなるでしょうね。そして、友子と違って同じ屋根の下に居るのよ?毎日のようにやらされたら保たないわよ」
大きなため息をついて答えると、染々と頷きました。全面的に同意してくれたようです。
「そうね。でも、ずっと隠す訳じゃないんでしょ?」
「ええ。折りを見て話すわ」
両親が協力してくれるとはいえ、ずっと隠せるとは思っていません。それに、隠し事をずっとするのも気が引けます。
「由紀ちゃん、喜ぶでしょうね。自慢の姉が人気声優だって知ったら」
「あの子は自慢の姉なんて思ってないわよ。それに、人気声優なんて、なれるかどうか分からないわよ?」
書いた小説がアニメ化までしているお父さんと、それにイラストを書いているお母さんは言わずもがな。由紀だってテニスで全国レベルの選手です。
それに引き換え、私は色々手をだしてもやりたい事が見つからないままなのです。
「由紀ちゃん、よく私に言ってるわよ?『私はテニスしかできないけど、お姉ちゃんは何でも出来る。必ず凄い事をやるよ』って。それに、遊は必ず人気声優になるわ。重度のマニアな私が言うんだから間違いないわ!」
そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど、続けられるかどうかは神のみぞ知るというところ。爆発的に売れても、翌年にはほぼ見ないなんてざらな世界。
こればかりは自分でもどうしようもありません。




