第三百五話 新たなお仕事
「いきなりご免なさいね。予定外のオファーが入ったから知らせたかったのよ」
社長室に入ると、書類に目を通していた桶川さんが顔を上げ机から台本を取り出しました。急用の内容が悪い物では無かったので一安心です。
「ユウリちゃんが待ち望んでいたアニメのお仕事よ。書類片付けるまで読んでてね」
渡されたのは変装刑事というアニメの台本でした。この物語は女子高生が刑事に任命され、得意な変装を駆使して事件を解決するというものです。
長編小説が原作なのですが、これはその中の一話を切り出した劇場版になっています。主人公が変装して学生で作られた組織に潜入、その企みを暴くというスリリングな内容でした。
「どう、面白い役柄だしやってみない?演じる予定になっていた声優さんが投げ出したのよ」
「やりたいです。でも、私は誰の役をやるのですか?」
台本にキャストが書いていません。降りた声優さんはどの役をやる予定だったのでしょうか。主人公という事は無いとおもいますが、悪なりという前例もあります。
「・・・全部よ」
「はい?今、全部って聞こえたのですけど?」
私、耳が悪くなったのかしら。主な登場人物だけでも20人以上はいるのです。それを全部演じろと言われたように聞こえました。
「原作者さんがね、『主役のスラッシュの声は変装しても一人がやるのだから、ついでに全役を1人にしようか』なんて言い出したのよ」
端役も含めて30人以上を1人でやれとの無茶振りをしたそうです。これはもう無茶を通り越して無謀だと思います。
「無理難題を押し付ける原作者さんですねぇ」
「悪なりの原作者さんの知り合いらしいわよ」
チートな女子高生が声優をやるという小説も書いている、変わった思考の人らしいです。そんな女子高生が主人公の小説なんて、現実とかけ離れ過ぎていて説得力に欠けると思います。
「ユウリちゃんか朝霞さんにという話になって、少女役だからと先にうちにきたの。断ったら朝霞さんがやると思うけどどうする?」
「やります!」
ようやく来た新たな声優の仕事、受けないなんて選択肢はありません。難しそうだからと投げ出したら両親に5時間は説教されるでしょう。
「ではこの仕事は受けるわよ。声優はユウリちゃんだけだから、スケジュールの合間を縫って録れるわ」
既存の仕事に影響しないのは嬉しいです。と言えるほどスケジュールは詰まってないのですけどね。
「では次の話よ。ユウリちゃんには暫く新人の面倒をみてほしいの」
「桶川さん、私まだデビューして2年目のド新人ですよ?」
新人に新人の面倒をみさせて良いのでしょうか。普通ならばベテラン声優さんにつけると思うのです。
「レギュラー持っててクイズ番組の司会までやっているのだから、ただの新人とは言えないわよ。それに面倒を見るといっても、現場に連れて行って雰囲気を体験させたり関係者への売り込みするだけだから大丈夫」
そう言って桶川さんは電話の受話器を手に取り、内線のボタンを押すのでした。




