第三百二話 寄り道と陰謀
「あら、ワイナリーの見学ですって。寄ってみましょうよ」
帰ると言っていたお父さんですが、お母さんに抗えるはずもありません。看板に従い国道から外れ、大手ワイナリーに寄り道する事となりました。
「あら、これも美味しいわ。これも中々ね」
そのワイナリー、結構色々なワインを作っていて複数銘柄の試飲が無料で可能でした。それを片端から試飲し、購入していくお母さん。お父さんも飲みたそうでしたが、運転があるので飲みたくとも飲む訳にはいきません。
当然、未成年の私と由紀も飲むはずはなく、お母さん一人が上機嫌でした。
一種類は少量の試飲でも、十種類を越えて飲めばかなりの量になります。全種の試飲が終わる頃には、お母さんはすっかり出来上がっていました。
「ではこの住所にお願いします」
買ったワインは車に積めない量になっていたので、宅配サービスで送ってもらう事に。かなりの量でしたが、店員さんは慣れた様子で対応してくれていたのでそういうお客さんは他にも居るのでしょう。
「お父さん、私ワイナリー嫌い!」
「私も。お酒嫌い!」
窓を全開にしても漂うお酒の匂いに、私も由紀も閉口状態で開けた窓から流れ込む空気に顔を向けています。その元凶であるお母さんは、助手席で幸せそうに爆睡しています。
「お父さん、これから外出する時はワイナリーや酒蔵は避けましょう」
私の提案にお父さんは何度も頷くのでした。
その頃、東京にある呆芸能事務所の社長室では社長とその側近が一人の新人声優について話していた。
「桶川プロかユウリ本人からの返答はまだ無いのね?」
「はい、両者からの連絡も接触も今の所はありません。恐らく、桶川が移籍を恐れてこちらが送った要請書を握り潰しているのではないかと」
社長と側近が持つ書類には、去年彗星のように現れあっという間に人気声優となった少女の写真が貼付されていた。
「3年の慣例であと2年は荒稼ぎできるもの。桶川としてはなんとしてでも移籍を阻止したいでしょうね」
「こちらは慣例に上乗せした金額を提示しています。ユウリが断る理由が無い以上、桶川が金の卵を手放す事を渋っているのでしょう」
声優業界では、3年は駆け出しとして能力に関わらず安い賃金で契約するという慣例のような物が定着している。桶川社長はユウリに惚れ込み破格の条件で契約しているのだが、部外者である彼女らにそれを知る術はない。
「引き続き桶川プロに移籍の打診を。それとユウリの身元を調べて本人に接触するように。邪魔が入らないプライベートな時間が望ましいわね」
「はっ、了解しました」
ユウリの知らない所でユウリに関する企みが進んでいく。それが今後どのような影響を及ぼすのかは神のみぞ知る。




