第二百九十二話 遊の指圧入門
「凄いわよねユウリさん、声優もこなすマルチタレントで頭も良くて。更にあんな美人なんだから完璧よ!」
あれ?私、声優だと思っていたのですが。いつからマルチタレントに転職したのでしょうか。
「うちは脳力試験毎週見ていて、この子はユウリさんが初めて出た時からの大ファンなのよ」
「それで、ユウリさんが来るって本当なの?ねえ、本当に桃祭に来てくれるの?」
勢いに呑まれた由紀はただただ首を縦にふる事しか出来ません。京華さんはそれを肯定と受け取り、由紀を離すとブツブツと呟き始めました。
「こうしちゃいられないわ。撮影用の機材にサインを書いて貰う色紙、それに握手してもらえるかもしれないから手を念入りに洗って・・・」
お父さん、お母さん、由紀。暖かく見守るような目で私を見るのは何故でしょう。特に由紀、あの子は方向性こそ違えどあなたの同類ですよ。
「どうしたの?」
「まあ、色々ありまして」
事情を知らない叔母さんは、家族の視線を集める私を訝しげに私達を見ます。
「そういえばお姉ちゃん、さっき掌のツボのこと言っていたけどそんなのいつの間に覚えたの?」
流石は我が妹、深く突っ込まれたくない話から話題を切り替えてくれました。乗りましょう、このビッグウェーブに!
「丁度覚えた所だったのよ、この本で」
「お姉ちゃん、マジで?」
取り出して見せた本を見て絶句する由紀。初心者向けの指圧本なのですが、何故そんなに驚いているのでしょうか。
「どこから探しだしてきたのよこの本!」
「絶対中身はマスター出来ないわね」
「でも、お姉ちゃんだから・・・」
伯母さん、お母さん、由紀の反応がおかしい。お父さんの顔もひきつっているように見えます。変な所があるのかと本の表紙を確認します。
ア○バも突ける簡単秘孔~俺の名前を言ってみろ~
著者 ケン○ロウ
民○書房刊
どこにもおかしな所はありません。何処にでもある、ありふれた初心者用指圧習得用の入門書です。
「これ、絶対に著者違うわよね」
「明らかに偽ってるわ」
著者が違うと言い出すお母さんと伯母さん。表紙を見ただけで何故そんの事がわかるのでしょうか。
「著者はともかく、内容はちゃんとしてたわよ。幾つかを除いて効果あったもの」
「覚えたの?そして使ったの!」
由紀が妙な事を聞いてきます。使わないと効果があるかどうか判断出来ないので、使ってみるのは当たり前の事だと思います。
「力が強くなる物とか、記憶が無くなるものは友子に試して大丈夫だったわ。ああ、ちゃんと事前に承諾してもらったわよ」
「友子お姉ちゃん、無茶しやがって・・・」
「友子ちゃんへのお土産、奮発しないとね」
友子には簡単な指圧の実験台になってもらっただけなのですが、大袈裟に捉えられてしまったようです。
「ちょっと、どういう教育したら世紀末救世主を育成出来るのよ・・・」
伯母さんも大袈裟です。私は簡単な指圧術をマスターしただけなのですから。




