番外編 夫婦の出会い⑳
「何なんだ、この振り込みは!」
「少なかったかな?」
通帳を叩きながら問い詰める俺に対し、動じず疑問を投げ返す編集者。この金額を振り込まれて、どう取ったら少ないと思うというのか。
「何でこんな高額な振り込みをしたのか聞いているんだ。新手の振り込み詐欺か?」
勝手に振り込んで利子を要求する詐欺があると聞いた。大手出版社の冗談社がするとは思えないが、他に考え付く理由がない。
「理由って、本の印税に決まってるだろ」
何を当たり前の事を、と言いたげな顔で答えられた。出版社からの振込で印税以外に思い当たる物は無いが、額が多すぎる。
「セリカスタンで出したのは知ってるが、それだけでこんな額になるか!」
「おいおい、日本は当然として、欧米でももう発売したのを知らないのか?」
「ハァッ?」
そんな事は聞いていない。セリカスタンではなし崩しに出版されたが、日本での出版なんて予定も立ってなかったはずだ。
挿し絵を書くイラストレーターの交渉に出向いていたのだから、出版など出来るはずがない。
「なんか上層部に圧力がかかったらしくてなぁ、うちも大変だったぞ。労力以上の収益になったがな」
上層部に圧力だと?アメリカはウィロビー絡みでわかる。しかし、日本や欧州がわからない。まあ、日本は出版元がここなのでまどわかる。しかし欧州は見当も付かない。
「それについて説明しまーす!」
入り口のドアを派手に開けウィロビーが登場した。まるでタイミングを見計らっていたかのような登場だが、まさかどこかで待機していたのだろうか。
「アメリカには私が報告書と一緒に持ち帰りまーした。他の国々は諜報員経由でーす」
諜報員と聞いて首を傾げたが、内戦の状況把握するためのスパイがいたのかと合点がいく。政府側に米国が付いていたように、反政府側には東側の国が付いていたのだ。
「各諜報員は停戦の原因となった本を持ち帰りまーした。それを報告書と共に見た上役がファンになって発売するよう圧力を掛けたでーす。
「いきなり欧州各国の政府筋から要請が来て、うちの首脳陣パニクってたからなぁ」
編集者も苦笑いしながらそれを肯定する。冗談のような話だが、どうや、冗談ではないらしい。
「読んでくれるのは嬉しい。嬉しいのだが、それで良いのか各国情報部・・・」
世界の行く末に不安を感じるのは俺だけだろうか。世界各地の情勢を調べ、国を運営する指導者に伝える役目の要職に就く者が取る行動とは思えない。
「そんな訳で世界同時発売となった訳だ。おかげでうちの売り上げは大幅に跳ね上がった。感謝してるぞ」
「そうそう、ここに来た用件を忘れてまーした。大統領からの要請でーす。『早く3巻を出すように』とのことでーす」
「大統領の要請か。北本先生、チャッチャと3巻の原稿、書かないとなぁ」
俺はしがいないデビュー前のラノベ作家だったはずだ。各国情報部?アメリカ大統領?そんな民間人には無縁の存在が何故に俺のデビュー作の出版に圧力をかけ、新刊の催促をしてくる?
何がどうしてこうなったー!




