第二十九話 混ぜるな危険
「これでどうかしら?」
「可愛いですね!さすが売れっ子イラストレーター!」
「これは・・・」
「これと合わせましょう!」
皆さんこんにちは。現在、30分以上着せ替え人形となっている遊です。これからお仕事だというのに、着ていく服が決まりません。
「桶川さん、時間大丈夫ですか?」
遠回しに、もう出ようと提案してみました。まだ仕事に行く前だというのに、私のライフはゼロに限りなく近付いています。
「大丈夫よ。事務所に寄るのは、ユウリちゃんになるためだったから。ここから直接行くなら、まだ一時間は平気!」
それを聞いたお母さんの顔が輝きます。でもそれは、私にとっての死刑宣告に等しいのです。
「あら、それは良かったわ!タップリ堪能出来るわね!」
あと一時間、着せ替え確定ですか。こんな時、身代わりの術を習得していたら人形と擦り代わる事ができるのでしょうか。
ちなみに、お父さんは一人でお仕事中。一人で蚊屋の外のお父さんも可哀想だけど、人形にされてる私はたまったものじゃないわ。お母さんと桶川さんは楽しそうだけど。
「今度、私の知り合いのブティックに行きましょう!」
「あら、楽しみね。ぜひお願いするわ!」
お母さんと桶川さん、意気投合しすぎです。頭の中に「混ぜるな危険」という標語が浮かびました。しかも、ブティックって深谷さんの店ですよね。これにあの深谷さんが加わったら・・・
想像すらしたくない結果に、テンション下がりまくりな私でした。結局、一時間着せ替え人形になった後テレビ局に移動します。
「桶川さん、収録前なのに、私もう疲れきってるんですけど」
「だらしないわね。あれくらいで疲れていたら、芸能人なんかやれないわよ?」
笑う桶川さんは、片手でダッシュボードを開けます。中から勇気の印のドリンクを取り出すと、私に放りました。
「これで24時間戦えるわ」
「ユウリちゃん、ネタが古いわよ」
しまった!若い人にはわかりません。と言う私はまだ高校入学前。まだまだ若いのですけどね。
「『お正月を写そう』なんてCMも、知らない人いるんでしょうねえ」
「今はデジカメだもんねえ。フィルムなんて使わないものね」
なんて言ってるうちにテレビ局に到着。フィルムの需要が無くなったので、フィルムメーカーは軒並み職種変えを余儀なくされました。
「おはようございます。ユウリさん、今日も優勝してくださいね!」
「あ、はい。頑張ります!」
入り口で受付嬢に激励されてしまいました。前の放送、見てくれたのね。
「ユウリちゃんも立派に芸能人ね。テレビ局も顔パスよ」
「桶川さん、本番前で緊張してるんですから冷やかさないでくださいよ」
いきなりだった前回よりはましですが、全然緊張しない訳ではありません。
スタジオに入る前に、出演者の皆さんに挨拶に行きました。前回はいきなり決まったから時間がありませんでしたが、今回はちゃんと楽屋に行きます。みんな快く応対してくれて、緊張も薄れていきました。
「さ、そろそろ時間よ。優勝目指して頑張ってね」
桶川さんは見学者席に行きます。程なくして収録が始まりました。
「さあ、今日も始まりました脳力試験。今夜は誰が優勝するのでしょうか!」
朝霞さんのコールで番組が始まり、解答者の紹介に移ります。皆さん優勝経験のある知識人ばかりです。
「最後は、前回初出場でいきなり優勝、新人声優のユウリさんです!」
「こんばんは!」
「ユウリさんは高校受験ですが、勉強は大丈夫?」
「この番組で勉強するので大丈夫です」
観客から笑い声がおこります。クイズ番組見て試験勉強になるのなら、塾や予備校なんて必要ないわよね。
「受験生のためになる脳力試験、今夜も試験開始です!」
クイズが始まりました。連勝したいところですが、そう簡単にはいきません。問題が最後まで読まれる事はなく、大抵は半ばで回答されてしまいます。
それでも優勝争いに絡む事が出来て、前回優勝の面子は守れました。他のクイズ番組でここと同じように答えたら、絶対に呼ばれなくなるだろうなぁ。




