第二百七十九話 負けられない攻防
「私が彼女を同行させるのは、彼女に頼みたい仕事があるからです。それは総務の仕事よりも優先順位は上です。それで納得してもらえませんか?」
「うちの課のみならず、総務部内の他の課からも彼女は頼りにされています。皆を納得させる為にも説明をお願いします」
何とか理由を話さずに終えようとする桶川さんに、皆に話す為にも理由をと詰める課長さん。
「それなら話す意味はありません。彼女に頼む仕事は極秘です。それを課員に話すと言うのなら、余計に話す訳にはいきません」
全国放送で盛大に流す内容なのに極秘とはこれいかに。なんて呑気な事を考えている最中にも言い合いは加熱します。
「それはそれで問題です。仮にも課長職に就いている私に知らされない内容の仕事にアルバイトの女子高生を関わらせている。それが通用して良いとでも?」
「世の中、全ての問題が悪か正しいかで割り切れる物ではありません。仮にも課長職に就いていながら、そんな事も理解出来ないと?」
売り言葉に買い言葉で、口論は更にヒートアップしていきます。このままでは後に凝りを残す事となり、会社の運営に支障が出る可能性もあります。
「二人共、その辺で止めましょう。課長さん、口は固いですね。桶川さん、課長一人ならば構わないでしょう。今後の事務処理で協力してもらえば楽になります」
「まあ・・・遊ちゃんが良いと言うのなら私は構わないけれど。課長、理由を知っても他言無用よ。これを社内で知る者は五指にも足りないのだから。部内には理由を話さずに納得させなさい。それが話す条件よ」
「理由を話さずに部内を納得させろというのは無茶な話ですが・・・それをしなければ教えて頂けないと言うのなら何とかやりましょう」
あくまでも理由を秘匿しようとする桶川さんに不満がある事を隠そうとしない課長さん。立場が上の相手にここまでやれるというのは、果たして良い事なのか悪い事なのか。
「言った以上はやってもらいます。それを漏らすと、遊ちゃんのプライバシーを侵害する事になりますからね。遊ちゃんの平穏な生活を壊したくなければ沈黙を貫きなさい」
課長さんは桶川プロの仕事に何故私のプライバシーが絡むのかと訝しげですが、とりあえず質問は知ってからと思ったのか無言で頷きました。
「課長さん、理由を話すと言うより見てもらいましょう。これが桶川さんと出なければならない理由です」
眼鏡を外し、編んだ髪を解いて手櫛を入れます。何をするのかと私を見ている課長の顔が驚愕に染まり、口を開けて私を指さしたままフリーズしました。
「改めまして、桶川プロ所属の新人声優ユウリです。総務の皆さんにはいつもお世話になっています」
ユウリの声で挨拶をしますが、課長さんは何かを言いたそうに口を動かすだけでした。出かけるまで余り時間が無いのですが、どうしたら良いのでしょうね。




