第二百七十八話 直談判
「遊ちゃん、定年退職者への退職金リストのチェックは?」
「はい、これです」
「おい、南鳥島への出張なんて許可したの誰だ!スカウトって誰も住んでないだろ!」
私は今日も修羅場の桶川プロで事務仕事を熟しています。と言っても、今日はそろそろ桶川さんと収録に行くので抜けなければなりません。
「課長、今日はこの後社長の用事に同行するので抜けさせてもらいます」
「えっ、ちょっと待った!」
課長に抜ける事を告げると、部内の注目が集まりました。バイトの女子高生一人が抜けるだけなので、そんなに注目されても困ります。
「課長、社長と直談判して来てでも遊ちゃんを引き止めて下さい」
「遊ちゃんのチェック能力と計算の早さは、総務部の生命線ですよ!」
速読や瞬間記憶能力も応用してチェックしているので、確認が早いという自負はあります。しかし、総務部の生命線とは持ち上げ過ぎではないでしょうか。
「と言うよりも遊ちゃん、明日から正社員として働かない?人事部に話を付けて認めさせるくらい安いものよ」
「私はまだ高校一年生ですから、流石に正社員は・・・」
青田買いにも程があります。それに、既に桶川プロ所属となっているので今更とも言えます。
「まあ、先の話は後でするとして。まずは遊ちゃんを社長に取られないよう談判してこよう。遊ちゃん、行こう」
こうして課長と共に社長室へと向かいました。ノックをして入室すると、一人で来る予定の私が課長を連れてきたので桶川さんの顔が曇ります。
「あら、課長は呼んでいないのだけど。もしかして遊ちゃんに何か問題が起きたのかしら?」
「問題どころか、頼りになりすぎる即戦力として重宝させて貰っています。北本君を寄越してくれた社長には感謝してますよ」
表面上にこやかに会話をしている二人ですが、目は笑っておらず緊迫した空気が流れています。大企業の管理職ともなると、この程度の芸当は出来て当然なのでしょうか。
「なので、北本君を正式に総務部所属としていただき、社長に付き合わせるなんて事の無いようにしてほしいのです。これは部内の総意ですよ」
桶川さんは僅かに目を細めましたが、反論をしません。それを好機と捉えたのか課長は言葉を重ねました。
「今最も多忙なのが総務です。社長もそれをご存知だから能力の高い北本君を総務に派遣してくれたのですね。ならば社長のお供は別の誰かに頼んで北本君は総務での仕事に専念させていただきたい」
課長の言葉は正論で、多忙を極める総務の負担を減らすために私を派遣しました。なので桶川さんは下手に反論出来ないようです。




