第二百七十六話 ホワイトデー中止のお知らせ
「友子、お願いがあるのだけれど」
「どうしたのよ遊、随分切羽詰まった様子だけど」
月は代わり三月。私は友子に重大なお願いをしなければなりません。
「ホワイトデーのお返しはお互いにチョコを贈りあったから相殺という事にしてほしいの」
「えっ、発注する材料の吟味に入ろうと思っていたのに。でも、どうしてなの?」
「私とお母さんが大量にチョコを配ったものだから、ホワイトデーのお返しの量も物凄い事になりそうなのよ。信頼できる人からの物だけを保管するのだけど場所が・・・」
予め用意しておいた理由に友子は納得してくれた様子でした。貰ったチョコを保管しているチタン合金製の金庫の腐食が思ったよりも早く、ホワイトデーに同等の物を貰った場合安全に保管出来ないという真の理由は言えません。
「有名人は大変ね」
「例年はあんなに作らなかったから平気だったのよ。流石に米軍の手を借りての量産はやりすぎたわ」
お母さんとも来年は自重しようとの合意に至っています。ただ、既に来年の準備の打診が来ているそうなので米軍は来年もやる気満々なようです。
「私達よりも大変なのは事務所よ。贈っていないチョコのお返しが大量に届くから」
「覗いてはならない芸能界の暗部ね」
夢を壊すなというお叱りを受けそうですが、これが現実です。バレンタイン同様、不審物が入っている可能性のある贈答物をタレントに渡す訳にはいかないのです。
「ホームページでも告知はしてるわよね」
「していても送られてくるのよ。お陰で社員さん達は今月も残業ラッシュね」
横流しや情報流出を避ける為、臨時で人を雇って対処という手法が使えません。少なくとも桶川プロでは社員さん総出で事に当たっています。
「その対処に新年度の準備が重なるの。私も遊としてバイトに入る事になるわ」
猫の手も借りたい修羅場なので、私も遊で参加します。信用度に関しては両親の肩書が絶大な効力を発揮しました。
「それで多忙になるというのもあるわ。悪いわね」
「そういう事情なら仕方ないわよ。私も手伝いたい所だけども・・・」
私には両親の伝手という物がありましたが、友子は桶川さんと個人的に知り合いという接点しかありません。桶川さん以外の人は難色を示すでしょう。
「気持ちだけ受け取っておくわ。暫く放課後は桶川プロ通いになるのは承知しておいてね」
「それは分かったけど、体を壊さないように気をつけるのよ」
「高校生のバイトがする仕事なんて雑用だけよ。体力には自信あるし、心配しないで」
そんな会話をした翌日から桶川プロで遊として働く日々が始まりました。私は声優として活動してきたこの一年で社会人の仲間入りをした、そう思い込んでいたのでした。




