第二百六十八話 作業開始
「それは助かりますわ。トンナン長官のご厚意、ありがたくお受けします」
「はっはっは、先生のためなら此くらい。では失礼します」
トンナン長官は車に乗り込み立ち去ろうとします。しかし副官の二人はその場から動こうとしませんでした。
「おい、ヒカル、ナナ、行くぞ!」
車に乗り込まず手を振る副官に長官は怒鳴ります。しかし、二人の副官はどこ吹く風よと受け流して反論しました。
「俺とナナは今日は北本先生のお手伝いです」
「長官の命令書もこの通りありますよ」
一枚の紙切れを提示された長官はそれを読むと、顔を真っ赤にしてキレました。大声で副官二人を怒鳴りつけます。
「こんな物にサインした覚えはないぞ。俺だって北本先生の手伝いしたいのを我慢してるんだ。お前たちも来い!」
「と言われましても、正式な命令書は無視できませんよ?」
「書類を溜めて適当にサインするから悪いんです。自業自得ですよ」
司令は書類の内容を確認せずにサインしたようです。それで良いのか米軍よ、と心のなかで突っ込みを入れておきました。
「くうっ、覚えてろ、俺はすぐに戻ってくるからな!」
車輪から煙を吹上げて長官を乗せたリムジンほ去っていきました。残った二人の副官さん達は眩しい笑顔でそれを見送ります。
「無理なのにねぇ」
「どんなに急いでも3日はかかる仕事を用意しておいたからねぇ」
この副官さんたち、基地指令さんに恨みでもあるのでしょうか。まあ、私には関係ありませんし関わりたくないのでそのままスルーさせていただきます。
「早速チョコレート作りを始めましょう。量が多いから大変よ!」
お母さんに促され、倉庫に入り作業開始します。調理開始ではありません。
カカオの実を割り、カカオマスを粉末にして他の材料を混ぜ合わせます。滑らかにしないとチョコレートが溶けた時にざらつきが残るので、丁寧に作業を進めました。
量が膨大になっているので、2人では絶対に無理な作業でした。特に型に入れたチョコレートの運搬は重労働です。鍛え上げた兵隊さんなので軽々とやっていますが、私ではすぐにバテて中断していたでしょう。
「先生、中断して昼食にしましょう」
ナナさんが呼びに来たので一旦作業は中断です。食堂にジープで移動して昼食タイムとなりました。
ビッフェ形式の食堂でのんびり昼食を取ります。4人座れる席で相席はヒカルさんとナナさんです。コーヒーを飲みながら雑談しました。
「故国を離れての長期任務は大変ですね」
「ありがとうございます。でも、日本勤務は大人気なんですよ」
ヒカルさんの答えは意外でした。私なら長い間日本を離れて仕事するなんてやりたくありません。
「日本は町中を気軽に歩けますから。他の国ではそうはいきません」
「そうね。昔中東の某国にいたけど、頻繁に銃弾が飛び交ってたわ」
意外な場所からヒカルさんに同意する発言が来ました。お母様、どんな国に居たんですか!




