第二百六十六話 準備完了
「はいはい、チョコレート談義は仕事が終わってからにしましょう。もう収録の時間過ぎてるわよ」
スタッフさんまで加わってるので誰も指摘しませんが、収録の予定時刻を過ぎてしまっています。皆は大慌てで収録の準備に入りました。
番組はよくあるバラエティーです。組まれた雛壇に座り雑談するだけの簡単なお仕事なので、特にトラブルもなく無事に収録は終わりました。
「桶川さん、帰りましょう!」
「あら、チョコレート談義はどうするの?」
仕事が終わってからと言ったのを覚えていたようです。しかし、私はチョコレート談義に参加するつもりは微塵もありません。
「私も参加するとは言っていないから問題ありません。撤収しましょう」
俗に言う戦略的撤退というやつです。逃走する訳ではありません。スタジオの隅に転がっていた段ボールを活用し、誰にも発見されないよう脱出ミッションをこなします。
KUKI君やスタッフさんに見つからないうちに撤退する事に成功しました。段ボールの威力は絶大です。桶川さんに家まで送ってもらい、無事に帰宅を果たしました。
「遊、お帰りなさい。チョコレートは明日には準備出来るわよ」
「お母さん、ただいま。随分と早いわね」
伝えたのが昨日で明日には出来るって、輸送の時間を考えたら間に合わないはずなのですが。一体どのようなマジックを使ったのでしょう。
「税関通さないし、軍用輸送機で来るからスピードも早いのよ。それで、遊はいつが良いの?」
パラパラと手帳を捲って仕事が無い日を選び出します。仕事が増えてきたので、手帳の記載を確認して間違いの無いように答えます。
「ちょっと急だけど、明後日なら大丈夫ね」
「明後日ね。調理場所と保管場所の確保もしておくわ」
ということで、明後日にチョコレート作りを決行することに決定しました。
「・・・という訳で明日は休むわ」
「そういう理由で休める遊が羨ましいわ。私だったら適当にチョコレート作って、空いた時間で悪なりを1話からマラソン鑑賞するわ」
翌朝、登校のために落ち合った友子に明日は休む事を話した返事がこれです。誰かダメ人間一直線な内容を誇らしげに語る親友殿を治す手段をお持ちではないでしょうか。
「そうそう、今年は私も手作りのチョコレートに挑戦するわ。海外の友人がチョコレートの原料を送ってくれるの」
「友子、無理はしないでね。私は市販の物で十分だから」
何だか嫌な予感がしました。でも、チョコレートなら大丈夫だと思います。思わせて下さい。思うしかないのです。
「気合い入れて作るから楽しみにしててね」
現実逃避するために周囲の会話に耳を澄ませると、私達だけでなく、通学電車の中の話題はチョコレート一色でした。
女子は「誰にあげよう?」とか、「どんなチョコレートにしようか?」とか。
男子は「今年は幾つもらえるか」とか「今年は貰えるのかな?」とか。
たかがチョコレート。されどチョコレート。今年は平穏には済まないような気がします。どこか神社にお参りでもしておいた方が良いでしょうか。




