第二百六十五話 チョコにかける執念
スタジオに入ると、扉を開けた途端こちらにダッシュしてくる影がありました。素早く周囲を見通し、私が避けてもぶつかりそうな人や物が無い事を確認しました。
「ユウリさん、おはようございます!」
一瞬右に体重をかけ、右に避けると見せかけて左へ逃げます。私を見失い、そのまま突進してきたKUKI君の足を払い背中を押して投げ飛ばしました。
「イタタタタ、いきなり酷いなぁ」
「女の子にいきなり突進してくるんですもの。投げ飛ばされても当然よね?」
例え相手が女の子でも容赦はしません。男女平等です。最も、今のKUKI君は男性と認識されているので私は非難される事はありません。
「ユウリさん、そろそろ2月14日が近いですけど・・・」
「あげません」
笑顔で即答しました。しかし、KUKI君は引き下がらずに尚も食い下がります。
「市販のものでも・・・」
「あげません」
「チ○ルチョコ一つでも・・・」
「あげません」
「アポ○チョコ・・・」
「あげませんよ」
中途半端って良くないですよね。何事も徹底しないといけません。NOと言える日本人に私はなるのです。
「ユ、ユウリちゃん、何もそこまでしなくても・・・」
「うん、流石に哀れだわ」
共演者の皆さんがとりなしてくれてます。ちょっとやりすぎたかもしれません。
「KUKIさん、私に拘らなくても毎年チョコレートくらい沢山もらってるでしょう?」
「いや・・・まぁ、確かに貰っているけど・・・」
貰ってるようです。でも、普段のKUKI君は女の子です。女の子が女の子から貰うというのは微妙なのでしょう。
「ユウリちゃん、KUKI君位のイケメンなら貰って当然でしょう」
「持って帰るの大変なくらい貰うんじゃないの?」
他の出演の人も集まりバレンタイン談義に花を咲かせています。しかし、大元のKUKI君はといえば、スタジオの隅でいじけていました。
「そりゃ、もらったわよ。下駄箱に入ってたり、机に入ってたり、直接手渡されたり。好いてくれるのは嬉しいけど皆本命っぽいのよ?それを見た男子の嫉妬や羨望の視線は怖いしたまったものじゃないわよ!私が欲しいのはユウリちゃんのチョコレートだけなのに・・・」
何だか鬱の一歩手前という感じです。放っておきたいのは山々ですが、男の子の仮面が剥げてますしこの後すぐに収録なので引き上げておかないと仕事に支障を来します。
「ちゃんと義理チョコあげるからしゃんとしなさい、もう収録始まるわよ?」
「義理チョコって断言しなくても・・・少しは夢を見させてくれても罰は当たらないよ?」
現実はそんなに甘くないのです。甘いのはチョコレートだけで十分ですよ。




