第二十五話 テレビの影響
翌日、由紀が部活に行った事を確認してから身支度を整えます。何故由紀が出た事を確認したかというと、両親に拝み倒されてユウリになるからです。
この前の服を着て、髪を整え眼鏡を外します。軽くお化粧をすればユウリに変身完了。リビングに行くと、両親がカメラを構えて待っていました。
「そのカメラは・・・どうするの?」
微笑みながら問い質します。北本家の中でユウリが写っている映像を、万が一由紀に見られでもしたら。両親のたっての願いでユウリになりはしたけど、写真に撮る事まで了承していません。
「遊ちゃん、いくら言ってもお化粧してくれなかったから・・・つい、ね」
「その服はテレビに出たときの服だな。よく似合っている」
「本当に似合っているわ。これからは色んな服を着てもらえるわね」
嬉しそうに誉めてくれる両親に、これ以上追及する気をなくしてしまいました。
もしも由紀に見られたら、お父さんの作品に出る挨拶に来たと誤魔化してもらいましょう。
「家では着ないわよ。由紀が変に思うでしょ?」
いきなりオシャレなんかしだしたら、由紀が勘ぐるでしょう。なので、家ではユウリの格好をするつもりはありせん。何と言われようと、これは譲れません。
「残念ね。なら、由紀がいない時にね。遠征で居ない時なら大丈夫よね?」
由紀はジュニアでは有名なテニスプレイヤーで、地方の大会に泊まり掛けで遠征に出たりしています。断る理由である由紀が不在となると、断る理由がなくなってしまいます。
「そろそろ時間だから行ってきます」
せめてもの反抗に、返事をせずに家を出ます。駅に近付くにつれ人が増えていくのですが、注目を集めているような気がします。
駅前まで来ると、私に向けられる視線が半端ではなくなっていました。段々と人が集まりだし、弛く包囲されたようになってしまいました。
「ねぇ、あの娘・・・」
「ああ、この前のテレビに出てた子だ!」
「テレビで見るより可愛いわ!」
囲んでいた人の中から、一人の女の子が出てきて話しかけてきました。見た感じ、私と同い年位だと思います。制服を着ているので登校途中なのでしょう。
「あの、声優のユウリさんですよね?」
恐る恐るといった感じで話しかけられました。私の事を知っているということは、脳力試験を見たか例の雑誌を買ったのでしょう。
「はい、ユウリです」
「この前の脳力試験見ました!優勝おめでとうございます!」
「は・・・はい、ありがとうございます」
雑誌ではなく、脳力試験を見た方のようです。勢いに圧され、間が抜けた返事になってしまいました。
「ロザリンド役も楽しみにしています。あ、握手してもらって良いですか?」
返事も聞かずに手を差し出されました。断る理由もないので応じると、嬉しそうに握りしめてきます。その力の強さに、少し驚いてしまいました。
「初めて声を当てるので不安だけど、精一杯頑張りますね」
「頑張ってください、アニメ絶対に見ます!」
手を離すと、女の子は嬉しそうに去って行きました。それを皮切りに、次々と話しかけられます。きりがないので脱出することにしました。
「すいません、これから仕事なので、失礼します」
包囲の薄い場所から抜け出し、タクシー乗り場へ走ります。本当は電車を使うつもりでしたが、あの人達が電車内まで付いてくるかもしれません。
ドアを開けて待機していたタクシーに飛び乗り、行き先を告げます。取り敢えず数駅離れてから電車に乗りましょう。
「すいません、○○駅まで」
ドアが閉まり、車が動き出します。予想外の出来事に慌てましたが、やっと一息つけそうです。
「お客さん、ユウリさんでしょ?声優の」
運転手さんに話しかけられました。脳力試験と雑誌により、ユウリの知名度は思ったよりも上がっているようです。
「はい。そうです。脳力試験ですか?」
「凄い接戦だったからねえ。それに、その可愛い顔と長い綺麗な髪は忘れられないよ」
笑いながら答える運転手さん。確かに、あの優勝争いは印象に残るでしょう。
「たった一回出ただけなんですけどね」
「インパクトあったからね。俺は声優に興味なかったけど、ユウリちゃんは応援するよ。頑張ってな」
社交辞令だと思いますが、応援すると言ってもらえると嬉しいものです。収録時の話をしていると車は目的の駅に到着しました。
料金を払い、お礼を言って改札に向かいます。しかしタクシーは動かず、開いたドアも開いたままです。妙に思いながらも歩いていると、周囲で声があがりました。
「あれ、ユウリちゃんじゃない?」
「本当だ。テレビで見た服装だ!」
私に気付いた人が声をあげ、それで気付いた人達も集まってきます。私は急いでUターンし、降りたばかりのタクシーに駆け込みました。




