第二百三十九話 お客様と帰宅
すっと私を庇うように前に出る朝霞さん。気持ちは嬉しいのですが、それは火に油を注ぐ行動です。現に周囲からのヘイトが一段強くなったように思えます。
「僕は彼女の両親と面識があるから話をしていたんだ。それは悪い事なのかな?」
「朝霞さんは悪くありません、悪いのは調子にのってるその女です!」
「親が有名だからって、それを嵩にきてるんですよ!」
私を親の七光りに頼る嫌な人間とレッテルを貼る女子達。当然ながら私はそんな事をしていないし、逆にそれを隠すように行動しています。
「僕は学校での彼女を知らないから、それについては何も言わない。でも、君達は彼女の何を知っているのかな?」
明らかに不機嫌そうな朝霞さんに、困惑する女子連中。知己を貶められれば誰だって良い気はしません。それを行っているのですから、不快に思われるのは当然だとわからないのでしょうか。
「朝霞さん、ありがとうございます。時間が惜しいので行きましょう」
こういう手合いは何を言っても無駄です。自分達が正しい、悪いのは他人だと思いこんでいる人達を説得するのは、猫からキャット空中三回転を伝授されるより難しいでしょう。
「ああ、そうだね。早く先生夫妻にご挨拶したいしね」
周囲への厳しい表情と違い、いつもの笑顔で答えてくれる朝霞さん。囲んでいる生徒からほうっ、と息が漏れました。そのすきを逃さず包囲網から脱出、公道に逃げた私達はタクシーを呼んで家に向かいました。
「遊さん、騒ぎになってしまって申し訳ないね。この埋め合わせはいつかするよ。」
申し訳なさそうに言う朝霞さん。確かに学校では面倒な事になりそうですが、後の対処は校長先生と教頭先生に丸投げしましょう。
元はと言えば、朝霞さんを呼んで注目されている校長室に私も呼んだ二人が元凶なのです。火消しをする責任は充分にあると言えるでしょう。
「朝霞さんのせいじゃありませんから。気にしないでください」
少し微妙な空気の中家に到着しました。ゴタゴタがあったので電話するのを忘れていました。しかし、あの両親の事ですから外出している可能性は低いでしょう。
「ただいま」
「お邪魔します」
朝霞さんと家に入ります。両親と由紀の靴があるので、全員在宅しているようです。
「お帰りなさい、遊。あら、お客様?」
仕事部屋から顔を出すお母さん。仕事中のようですが、服装は普通でした。いつぞやのようにキテレツな格好だった可能性もあるという事を失念していました。これからは誰かを家に招く場合、事前連絡を忘れないようにしないといけません。
「北本先生、お久しぶりです。朝霞です」
「あら、久しぶりね。さあ、上がってちょうだい」
リビングに行くと由紀が声優雑誌を読んでいました。見出しに「千の声帯を持つ男・朝霞の謎に迫る!」と書いてあります。
「お姉ちゃんお帰りなさい」
「ただいま、由紀。お客様が来てるから。私は着替えてくるから、その間お相手お願いね」
誰かを言わずにリビングを出ます。由紀は慌てて雑誌を片付けました。
「着替えて来ます。中で寛いで下さい。父もすぐに来ると思いますから」
「ありがとう。待たせてもらいます」
入れ代わりでリビングに入る朝霞さん。由紀の反応を見られないのがちょっと残念です。
我ながらまた古いネタを・・・




