第二百二十九話 イブの予定
「ありがとうございます。でも、今話した事は・・・」
「草加さんには内緒ね」
人差し指を唇に当て微笑むと、男の子も微笑みを返してくれました。こんなに姉思いで良い子達のお願い、聞き届けない理由はありません。
「勿論です。ところでお姉さん、どこかで見た覚があるような気がします」
嬉しそうにうなずいた少年は考え込んでしまいました。草加さんの影響でユウリの顔を覚えていたのでしょうか。だとしたら、引っ掛かる程度でも違和感を持ったこの子の洞察力は大したものです。
「同じ町に住んでいるのだから、どこかですれ違った事があったかもしれないわね」
ちょっと苦しい言い訳をした瞬間、奥の方から物凄い音が響きました。何事かと少し身構えてしまいましたが、男の子は至って冷静でした。
「お姉ちゃん、また鍋を取ろうとしてひっくり返したな。お姉さん、失礼します!」
「少年、強く生きるのよ!」
少年に手を振って玄関から出ます。草加さんは端から見ている分には楽しい人ですが、一緒に暮らしていたら神経が休まらないでしょう。
胃にダメージを蓄積しているであろう孤児院の子供達に内心で合掌しながら家へと帰りました。帰るとすぐに夕食になり、雑談の話題はクリスマスの予定になりました。
「遊、イブはイベントがあるんだよな。お父さんとお母さんは出版社のパーティーに出るから夜遅くまで帰らないから」
「じゃあ由紀は一人でお留守番?」
私はクリスマス特番のお仕事があるので、由紀と一緒にいられません。折角のイブに一人ぼっちは可哀想です。
「私は友達とやけ食い大会。イベント落ちた友達がケーキ持参で集まるの」
「由紀のお友達も皆落ちたのよ。当日持っていくケーキは決めたの?」
お母さんはその事を知っていたみたいで、持っていくケーキの種類に悩んで相談されたそうです。
「うーん、まだ悩んでるのよ。莓ショートは定番だし、チョコレートケーキも捨てがたいし。モンブランも中々。チーズケーキも好きだし・・・」
ケーキの品名を羅列しながら悩む由紀。何人かの参加者がケーキを持ち寄るとしたら、事前に打ち合わせておかないと被る可能性があると思うのですがそこはどうなのでしょう?
「他の人が何を持ってくるか聞いてから決めたら?種類が被る可能性もあるでしょう」
「え?自分のケーキを持参だよ。1人最低1ホール。足りなくても自己責任だから、2ホール持って行こうと思うんだけど・・・」
なんと、1人1ホールのようです。普通は3~4人で1ホールを食べると思うのですが。
「そうなのね。まだ時間はあるし、ゆっくり決めれば良いわよ」
由紀の友達は、全員由紀レベルの胃袋を持っているようです。まさか、由紀の世代の女の子は全員そうではないわよね。
思い至った恐ろしい予想を振り払うように頭を振り、忘れる為にもう眠る事にしました。
「明日も仕事だし、今日も早く寝るわね。おやすみなさい」
友子も由紀並の胃袋を装備していましたが、あれが今時の女子の標準装備なのでしょうか。更に怖い発想に陥らないよう早々に眠りにつくのでした。




