第二百十一話 正体、未だ判明せず
翌朝、リビングに行くとテーブルに突っ伏し半ば死体と化した乙女二人の姿がありました。表情は見えませんが、何やらブツブツと呟いています。
「解らない・・・誰なのよ!」
「ヒント、せめてヒントを・・・」
あれから徹夜したにも関わらず、正体は勿論の事切っ掛けすら掴めなかったようです。あれだけ念入りに準備したのですから、そう簡単に情報を掴まれてはたまりません。
「拘るわねぇ。正体暴いても何の得にもならないでしょうに」
呆れた私に友子はキッと顔を上げました。その目には疲労しきっている筈なのに力が籠っています。
「これは全世界二十億の声優ファンに対する挑戦よ?看過できるはず無いでしょ!」
由紀もウンウンと頷き同意していますが、そんなに大層な物では無いでしょう。それに、二十億も声優ファンは居ないのではないでしょうか。世界人口の三十五パーセントは流石にいないでしょう。
「由紀も友子ちゃんも精が出るわね。ご飯食べて元気出して」
なに食わぬ顔で卵粥を出すお母さん。でも、私は誤魔化されません。僅かに口許が歪んでいます。あれは笑いを堪えているのでしょう。
「今話題の声優がとうとう姿を現しました。それがこちらです」
テレビを付けると、ワイドショーでも謎の声優のニュースを扱っていました。思惑通りの反応に、監督は笑いが止まらないでしょう。
「思い付く声優全員洗ったのに・・・」
「誰も該当しないなんて・・・」
スプーンをくわえながらぼやく二人。私が除外された段階で、正解には永遠に辿り着く事は出来ません。
何を言っても無駄な二人は放っておき、テレビを見ながら食事を続けます。
「今朝未明、鳥取市にて飼われていたシロナガスオオクジラのシオちゃんが逃げ出す騒ぎがありました」
世の中平和なようです。あんな大きなクジラ、どうやって飼ってたのかが気になりますがニュースはすぐに次の話題に切り替わってしまいました。
今日も世間は突っ込み所満載ながらも平和です。
「次に、警視庁は科学捜査研究所の職員を減棒処分に処したと発表しました。職員数名は捜査用の機材を私的に使用したらしく・・・」
テレビは警察官の不正を伝えていました。一部の警察官が不正を行うせいで、真面目な警察官の皆さんが割りをくいます。
「遊、友子ちゃん、そろそろ行こうか」
何気なくテレビを見ているとお父さんに催促されてしまいました。今日のお仕事は友子も一緒に行くのです。
「もうそんな時間?」
「道が混むといけないしな」
「あれ?私も?」
不思議そうに首をかしげる友子。スケジュールは伝えていた筈なので、謎の声優の方に意識が行ってて忘れているようです。
「今日はイベントでしょ、しっかりして頂戴!」
今日はスペース侍のイベントがあるので、私と友子は内臓をしなければなりません。友子は殺陣はやらないとはいえ、ちゃんとしてもらわないと困ります。
「お母さんは由紀と見に行きますからね。二人とも頑張るのよ」
お母さんと由紀に見送られ、お父さんの車で出発しました。今日は雲ひとつない快晴です。着ぐるみの中は暑くなりそうですが、これもお仕事です。




