第二百十話 二人の追及
さすがの由紀も、憔悴しきったお母さんを見て引き下がりました。単なる言い逃れとは思えない憔悴ぶりなので、疑う隙もありません。
「私も疲れたから部屋で休むわ」
さっさと二階に逃げようとしたのですが、タッチの差でそれは叶いませんでした。新たなる刺客が登場したのです。
「遊、帰ってる?大変よ!」
玄関のドアを荒々しく開けて、長年の親友様が登場しました。訪問の理由は言っていませんが、謎の声優絡み以外という確率は限りなく低いでしょう。
「友子、近所迷惑よ。大きい声出さないで。それと、仕事終わって帰ったばかりで疲れてるのよ。明日にしてくれない?」
「画像が流れた以上、正体が割れるのは時間の問題よ。早い者勝ちなのに悠長な事は言っていられないわ!」
興奮した親友様は、反論する間もなく私を由紀の部屋へと連行していきました。二人の反応は予想出来た事態でしたが、今は疲れているので解放してほしいのです。
「これが問題の映像よ。今日オラクル・ワールドの主題歌の録音があったらしいの。その時撮られたらしいわ」
動画が録られた状況までネットに流れていました。しかし、そこから正体に辿り着くのは不可能といえます。
「男かしら、女かしら。全体が見えないから判断しづらいわね」
「衣装は・・・メーカーが分からないわ。顔もメイクがきついから判断材料が少ないわね」
侃々諤々と議論を交わす友子と由紀。疲れている私は二人を眺めながら体を休めます。
「顔の輪郭、誰かに似てない?」
「そういえば・・・お姉ちゃん?」
流石は長年の親友様と妹です。顔の輪郭から私を疑いだしました。ただの変装ならば綿を含むなどで輪郭も誤魔化せたのですが、歌うのでそれが出来ませんでした。
「遊、今日は仕事だったわよね。何処でどんな仕事だったの?」
友子によるアリバイ調査が開始されました。しかし、それも予測していた私達にはそれを否定する材料が用意されています。
「今日は脳力試験の問題の下見に茨城まで行ってきたわ。北部の観光地を巡ってきたのよ。これお土産ね」
帰りに買っておいたお土産の紙袋を手渡しました。紙袋の中を覗いた友子は、それが確かに茨城のお土産だと認識してくれました。
「藁づとの納豆と、銘菓のごきげん水戸さんね。確かに茨城産だわ」
「友子お姉ちゃん、それ東京で買った可能性は?」
物証を提出しても、由紀はしつこく疑っています。物によっては東京でも買えたりするので、アリバイ作りの小道具だと思われています。
「このお菓子は現地でないとないはずよ。紙袋も現地のPAの物だわ」
「なら、お姉ちゃんじゃないのね」
友子の説明に由紀も納得しました。これで私はノーマークになります。この先正体を誤魔化すのが楽になるでしょう。
「そろそろ私、寝たいんだけど。明日も仕事なのよ」
「ごめんね、遊。ゆっくりと休んでね」
「ごめんねお姉ちゃん。お休みなさい」
こうして嫌疑の晴れた私は解放されました。自室に戻ると着替えを持ち浴室に向かいます。今ならば友子は由紀との議論に夢中なので覗きには来ないでしょう。
無事風呂から出て部屋に帰り寝巻きに着替えます。
少し早いですが、色々と体力と気力を消耗したので明日に備えて早寝します。
変装したとはいえ、謎の声優Xは姿を晒しました。明日から正体を探る人達が騒がしくなりそうです。




