第二百九話 無事?な帰宅
「付近には青山荘や竜神大吊り橋があって、海岸には日本唯一の海鵜の捕獲地があるわ」
観光客の勧誘に四苦八苦している茨城県を支援する為、更なる豆知識を披露します。因みに長良川などで行われている鵜飼いの鵜は、全てここで捕獲された鵜が使われています。
「ユウリちゃんがいれば観光ガイドブックは要らないわね」
「人間るる○と呼ばせて貰うわ」
クイズ番組にレギュラーで出ていれば、大体の人はこれくらいの知識はあると思います。旅番組のレポーターをしている人ならば、もっと詳しい人もいるでしょうね。
「とりあえず日立から水戸に抜けるか、常磐道を使えば東京に戻れるわ」
「高速は使いたくないわね」
桶川さんは即座に高速使用を却下しました。いつもは積極的に高速道路を使うのに、今日はどうしたのでしょうか。
「高速を使うとナンバーを撮られるから。念には念を入れましょう」
「この車、どういう素性なのよ・・・」
法には触れてないと思いたいのですが、桶川さんの言動を見るにそれを否定する材料がありません。ここは触れないのが最も賢い選択でしょう。
「桶川社長、大丈夫よ。それくらいなら揉み消しますから」
にっこりと黒い笑顔を浮かばせて言うお母様。監督さんがドン引きですが、無理もないです。私も表情をどうにか繕うのが精一杯です。
「ならば遠慮する事はないわね。高速を飛ばすわよ」
「・・・余計な事を言ったかしら?」
お母様、後悔しても遅いです。しかし下道よりもカーブが少ない高速道路の方がマシなので、悪い選択だったとは言えません。
高速道路に乗ると、まずはサービスエリアでお土産を購入。その後桶川さんは、高速警ら隊の高速パトカーまで振り切りました。頼みますから自重してください。
その後、都内の駐車場でいつものワゴン車に乗り換えて監督さんを最寄り駅まで送りました。
監督さん、かなり顔色が悪かったのですが大丈夫でしょうか。まあ、ダメでも桶川さん運転の車に乗ったのが運の尽きだと諦めてもらうしかありません。
車内に常備していた遊用の服に着替え、メイクを落とします。ユウリの姿で帰るのは構いませんが、謎の声優のままでは帰れません。
「はぁ、漸く帰りついたわ」
「桶川さん、ハンドル握ると性格変わるのね・・・」
お母さんも憔悴しています。その全身から無事に帰りつけた安堵感が全身から滲み出ていました。
「お姉ちゃん、大変よ大変!」
リビングに入るなり由紀が叫びました。疲れた体に由紀の高い声が耳に響きます。
「ちょっと、静かにしてよ。仕事が終わって疲れてるのよ」
疲れた原因は仕事ではないのですが、詳細を伝える訳にはいきません。なので誤魔化しておきました。
「叫ばずにいられないわよ、正体不明の声優さんの画像がネットに流れてるのよ!」
流れている画像は今日の録音の時の物でしょう。あのスタジオのスタッフは、やはり秘密を守れなかったようです。
「ふうん、そうなんだ」
「お姉ちゃん、反応薄いわね」
由紀は訝しげな視線を向けますが、疲れている私は軽くあしらいます。
「疲れててそれどころじゃないのよ。お母さんを見れば分かるでしょ?」
そう言って指差した先には、ぐったりとソファーに崩れ落ちたお母さんの姿がありました。




