第二百八話 ここはどこ?
監督を伴い駐車場に歩きます。そこにはいつもと違うワゴン車がエンジンをかけて待機していました。私達を確認したお母さんが横のスライドドアを開けて招き入れます。
「乗ったわ、お願いします」
ドアを閉めると同時にワゴン車は急発進しました。その背後からは数台の乗用車がつけて来ていました。
「向こうもしつこいわねぇ」
「謎の声優の正体を突き止めるチャンスです。マスコミは放っておかないでしょう」
逃げる私達に迫る豊富な車種の車たち。ブルーバードにエスティマ、RX-7に初代T型フォードまでいました。あんな骨董品、何処から引っ張り出して来たのでしょう。
「ワゴン車でスポーツカー相手に逃げるとは・・・」
「桶川さん、今日は自重して下さいね」
時既に遅かったみたいです。ハンドルを握る桶川さんの耳には届いていません。因みに、桶川さんはサングラスと目出し帽で顔が分からないように工夫しています。運転手から謎の声優の正体に迫られるのを防ぐ為です。
「せめて関東圏から出ない事を祈りましょう」
激しい機動に着いてこれず、少しづつ脱落していく追跡者たち。事故を起こして停まる物もいましたが、他の車や歩行者を巻き込まない単独事故ばかりのようなのでその点は安堵しました。
「何人であろうとも私の前は走らせないわ!」
尚も追跡者を振り切る為に巧みなハンドル捌きでワゴン車を操る桶川さん。窓から見える風景に民家は少なくなり、どこを走っているのかさっぱり分かりません。
急な山道をドリフトの連続で切り抜け、追跡者の最後の一台を仕留めました。これで大手を振って家に帰る事が出来ます。
「これで追っ手は全滅ね」
「・・・パトカーも含めてね」
得意気な桶川さんに投げ槍に返します。監督さんとお母さんは途中で気絶したので返事がありません。桶川さんの本気の運転を初めて体験すればそうなるのは避けられません。
「で、ここはどこかしらね」
「知ってて走ってたんじゃないの?カーナビは?」
「撒くのに夢中だったのよ。それと、この車にカーナビは付いてません」
そういえば、いつものワゴン車ではなく違う車を使っていたのでした。
「うちの車を使えばそこから足がつくから。この車の持ち主は存在しないから、使い捨てに出来るのよ」
持ち主が存在しないとは、一体どういう事なのでしょうか。疑問に思いますが、聞くのは止めておいた方が良いでしょう。私は何も聞かなかった、私は何も知らないのです。
「とりあえず町を探しましょう」
山道をノンビリ走っているとお母さんと監督さんも復活。そして、漸く人工物が見えました。
「えっと、『ようこそ袋田温泉へ!』か。袋田ってどこ?」
見つけた看板に首を傾げる桶川さん。その地名に心当たりがあった私は、すぐさま説明する事にしました。
「多分茨城県よ。袋田の滝は落水量日本一の滝で、一月には完全に凍結して登れるのよ」
時折ニュースに出ている有名な滝です。一応日本一の称号を冠しているのに、何故か知名度が低いのは茨城という場所による補正がかかっているのでしょうか。
「ユウリさん、詳しいですね」
「クイズ番組の司会をしてますから」
クイズの内容は多岐に渡ります。なので、クイズ番組の司会をしていれば門前の小僧よろしく広いジャンルの知識は増えていくのです。




