第二百七話 主題歌の収録
「はぁ・・・」
「動かないで、メイクが崩れるわよ」
ため息をついた途端、お母さんに叱責されました。
今日はオラクル・ワールド主題歌の収録日で、出かける為にお母さんのメイクを受けている最中です。
お母さん達が作ったのは、男とも女ともとれない中性的な衣装でした。髪の毛は服の中に隠し、スカーフと帽子でカバーします。それに分厚い化粧を施し、元が誰か解らなくする予定です。
今は化粧の真っ最中で、結構な時間が経っています。これだったら仮面を被った方が早くて簡単で、実際にそう提案もしてみました。
しかし、それに対するお母さんの答えは「そんな安直な方法、私のプライドにかけて許しません!」というものでした。
深谷さんとの出会いでお母さんのスイッチが入ってしまったらしく、コスプレ熱が急上昇。私だけでは済まず、お父さんも被害にあってます。
由紀もその例に漏れず、あの子も巻き込まれています。しかし、オタクな彼女はそれを喜んでいるので被害にあっていると言えるかどうかはかなり疑問です。
「はい、完成。いってらっしゃい」
「ありがとう、行ってくるよ」
声色と口調を男に変えて答えます。この姿の私は、新人声優のユウリではなくて謎の声優Xなのです。
「本当に男の子みたいね。私、息子も欲しかったのよねぇ」
お母さんが私を見る目付きが怪しくなっている気がします。某女性だけの歌劇団に入るつもりはないので、気のせいだと無理矢理思っておきましょう。
今回の収録は、桶川さんと入る訳にはいきません。なので迎えに来てくれた桶川さんには適当な駅の前で降ろしてもらい、電車でスタジオに入りました。
スタジオの廊下を歩いていると、ヒソヒソと話す声が聞こえます。姿を全く晒さずにいた謎の声優が来たのだから、ある程度は仕方ありません。
「お待たせしました」
収録が行われるスタジオに入ると、中にいた人が一斉にこちらをむきました。
「彼がそうで間違いないですね?」
「はい、間違いないですよ」
スタッフの責任者らしき人が監督さんに聞きます。謎の声優の姿を知っているのは監督さんだけなので、本人確認は必須なのです。
「では始めましょう」
私以外は部屋から出て収録が始まります。といっても、今回録るのは一曲のみです。CD音源用のフルコーラスとアニメオープニング用の二パターンだけなのですぐに終わりました。
「お疲れ様でした。この後、打ち上げと親睦を兼ねてまして・・・」
「お疲れ様でした。それでは失礼します」
皆まで言わせず退散しました。私の情報を探ろうとする下心満載の提案なんて、最後まで聞く価値もありません。
セリフをぶったぎられたスタッフさんはこめかみに青筋を浮かべていますが、気遣ってあげる義理もなければ義務もありません。
「意図が丸見えです。探られる前に戻ります」
一応撮影と情報の漏洩は禁止と念を押してはありますが、あの様子では信用出来ません。早晩私の姿の情報は出回ってしまうでしょう。




