内緒 二百一話 逸る理由
「友子、何をそんなに急いでいるの?打ち合わせまでまだ時間があるわよ」
「桶川さんに直に聞きたいことがあるのよ」
「聞きたいこと?」
「オラクル・ワールドの主役、誰がやってるのか知りたいの!」
謎の主役を見つける事に執念を燃やす友子。これは友子に限らずアニメ・声優ファンは皆同じような状態だそうです。演じる声優を伏せるなんて前代未聞。しかも、一般の人はもちろん、業界内にすら正体が知れていません。
そんな訳でオラクル・ワールドは放送前からかなりの注目を浴びています。監督が目論んだ通りの展開になっているので、笑いが止まらないでしょう。
「遊も知らないんでしょ、どうやってアフレコしてるのよ」
「それを私に聞かれても、私も知らないわよ」
演じているのはワタシですが、当然の事ながら惚けます。実際はピンマイクと腹話術の技術を使い、同じブースにいる声優さんまで欺く事に成功しているのです。
でも、それを知ってるのは私と監督、桶川さんの3人のみです。最近、そんな秘密を持っている事が楽しく思えてきました。
性格が悪いと思われるかもしれませんが、いいじゃないですか。厄介で面倒な仕事を引き受けているのですから、それくらい楽しんでもバチは当たらないでしょう。
「謎の主人公は私が見つけるわ。遊ももっと手伝ってよね」
「お断りします」
間を開けず即答すると、拒否されるとは欠片も思っていなかったらしい友子は盛大にずっこけました。
「そこは『もちろんよ!』って快諾する流れじゃないの?空気読んでよ!」
「いや、業界人の私が手を貸したらフェアじゃないじゃないでしょう?」
競争はフェアでなければなりません。コネも実力のうちと言う人もいますが、演じている本人が正体探しに手を貸すというのは変な話です。
「遊のいけず、遊は知りたくないの?」
「仕事が増えたし、そんな余裕は無いわ。それを気にするよりナビィをしっかり演じる事が大事だから」
謎の声優も同時に演じなきゃいけません。プロの声優さん達をすぐ横で騙しながら演じるので、気付かれないようにするのは結構大変なのです。
「そりゃあ、声優としてはそれが模範回答なんだけどね。いいわよ、桶川さんに協力してもらうから」
「無理だと思うわよ。桶川さんも知らない筈だし、あの人も社長なのだから忙しいでしょうし」
桶川さんも秘密を守る立場なので、協力するはずがありません。などと話している間に事務所に到着しました。私と友子はアルバイト扱いになっているので、パスを貰っています。それを受付で提示して入りました。
エレベーターで最上階に上がり、社長室へ向かいます。ノックしてから入室すると書類を見ていた桶川さんがこちらを見ました。
「あら、二人共早かったわね」
「お仕事中でしたか。出直しましょうか?」
私達は桶川さんの都合も聞かず、予定時間より早く来てしまいました。なので私達が出直すのが筋というものです。
「大丈夫よ、これは見なくても支障がないから」
「見なくても良いって・・・」
書類を叩く桶川さんをジト目で睨みます。社長が仕事放棄して良いのでしょうか。




