第百九十六話 プレゼント
「世の中が騒がしいですが、我々は常に平常運転!」
「今日もはりきっていきましょう、クイズ脳力試験!」
いつも通りのオープニングから、いつも通りの進行します。ただ、今日は最前列で食い入るように見ている土呂刑事に回答者の皆さんの顔がひきつっています。
これが最初で最後という事で、気合いが入っているようですが、血走った目が中々の恐怖を演出しています。
それは一旦置いといて。いつものようにボケをかまし、いつものように突っ込みます。見学者の皆さんの笑いを聞きながら番組を進めました。
「今週はこれでお別れです」
「また来週!」
つつがなく収録は終了。回答者の皆さんと挨拶し、朝霞さんに一つお願いをします。その後少しの雑談をしてから楽屋に帰りました。
「ああ、生朝霞様をもう見れないなんて・・・」
楽屋に入ったとたんに、この世の終わりが来たかのようにさめざめと泣く土呂さんが視界に入りました。
「もう、処置なしよ」
お手上げだと苦笑いする桶川さん。私の護衛に入る前の生活に戻るだけなのですが、一度知った甘美な世界(芸能界)を忘れられないのでしょう。
・・・芸能界が本当に綺麗で甘美な業界かどうかはこの際考えない事にします。
「仕事も終わったし、行きましょう」
二人を急かして荷物を纏めます。と言っても殆どないのですぐに終わってしまいました。
「ユウリちゃん、そっちじゃないわよ?」
出口とは別の方向に行こうとする私を桶川さんが止めました。土呂刑事も怪訝そうな顔をしています。
「帰る前にちょっと寄り道するわ」
少し奥まった所にある休憩所に行くと、待ち合わせた人物が待っていました。
「お待たせしてしまい、申し訳ないです」
「ああ、この後は仕事も無いし構わないよ。土呂さんでしたね。護衛お疲れ様でした」
朝霞さんが土呂さんにサイン色紙を手渡します。土呂刑事は震える手でしっかりとサイン色紙を受け取りました。
「あ、あり、ありがとうございます!家宝として末代まで伝えたい所存に御座います!」
見事にテンパる土呂刑事。数日ですが付きっきりで護衛をしてくれた土呂刑事への、私からの小さなプレゼントです。
「朝霞さん、ありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして。ユウリちゃん、色々な事に巻き込まれて大変みたいだけど頑張ってね」
「はい。それでは失礼します」
魂が抜け、完全に極楽に逝ってしまっている土呂さんを引っ張り帰ります。事務所に寄り、私が遊に戻っても土呂さんは戻って来ませんでした。
「どうする、遊ちゃん」
「警察署に放り込んで来ましょうか」
結局、警察署に連れていき署長室に放り込んで来ました。署長さん、頑張って土呂さんを引き戻して下さい。
こうして、かなりの大事になってしまった元プロデューサー脱走事件は幕を閉じました。
しかし、この件が後々まで影響するとはこの時の私には知るよしもなかったのです。




