第百九十話 教育者?いえ、変態です
「失礼しまーす」
蚊の鳴くような小さい声で言い、そーっとドアを開いて中を覗きます。そういえば、蚊って鳴くのですかね。蚊の鳴き声なんて聞いたことないのですけど。
「誰もいませんね。では帰りましょう」
一応呼び出しには応じたので、帰っても構わない筈です。人を呼んでおいて不在な校長先生が悪い。
「そんな事を言わずに、中に入って下さいよ。お茶と茶菓子くらいは出しますから」
背後からの声に振り返ると、校長先生と教頭先生が立っていました。私の気配察知には何も感じていません。スリープに仕込んだ丸ペンをいつでも取り出せるよう身構えます。
「フッ、声優さんに気付かれないよう影から見守っていれば・・・」
「この程度の技は身に付けられますよ。というか、この程度の技量は必須です」
得意げに語る中年ストーカー二人。そう言えば、群馬で遭遇した私とKUKIのファンも見事に気配を殺していました。
芸能人のファンは隠密系の技を習得するのが必須条件なのでしょうか。それを教える機関のようなものが存在する?
芸能界やファンに関する考察は一先ず脇に置いておいて、今は私がやるべき事をやっておきましょう。
「お巡りさーん、ストーカーですー!」
「「違う!我々は影から声優さんを優しく見守る紳士だっ!」」
前に紳士と書いて変態と読む。と由紀が言っていました。つまり、自らを変態と認めたという事ですね。後程土呂刑事に言って対応してもらいましょう。
「その談義は後回しにするとして、お座りなさい」
「いえ、変態で確定で。上告は棄却します」
すでに判決は確定したのです。例え逆転判決を売りにしている弁護士さんでも覆す事は出来ません。
「で、本題なのですが金曜日の欠席の事です」
「あなたが脱走犯に襲撃され、それで岡部さんと共に警察に行っていたというのは本当ですか?」
真面目な表情になった二人に問われ、私も気を引き締めました。
やはりあの事件の話は避けて通れないようです。実際、校門前に集合しているマスコミという迷惑を学校側に現在進行形でかけている以上、説明責任は果たして然るべきものだと私も思います。
「はい、本当です。私が変態狂人プロデューサーに襲われ、友子はその現場に居合わせて危うく刺し殺される所でした」
あの時、私が気配察知で彼の殺意に気付いて友子を引き戻さなかったら。或いはそれが遅れていたら。間違いなく友子は無防備に刃物で刺され命を落としていたでしょう。
それを思い出すだけで変態狂人プロデューサーに対する殺意が溢れだしてきます。表情には出しませんでしたが、少々殺気が零れ出てしまったようです。
向かいに座る校長先生と教頭先生が冷や汗をかいているのに気付き、慌てて殺意を収めました。
私もまだまだ修行が足りないようです。




