第百八十七話 警察のお仕事
「えっ、昨日のお菓子もう無いの?遊ちゃん、かなり買い込んでたわよね?」
再起動し、一晩でお土産が消滅した事に驚きを隠せない桶川さん。運転を放棄して固まった桶川さんのお陰で、助手席からハンドル掴んで車を操作するなんて得難いけれど二度としたくない経験をしてしまいました。
「私もビックリしました。まさかあの量のお菓子が一晩で全滅するとは、夢にも思いませんでしたよ」
遠い目で車窓を眺め現実逃避という名の精神保護作業を行います。お母さんも由紀も、少しは私の普通さを見習って欲しいものです。
「ユウリちゃん、高校一年生にしてアイドル声優やってる人のどこが普通なのか説明してくれないかしら?」
「それに関しては、全面的に桶川さんが誘拐したからでは?」
元はといえば、桶川さんが私を強引に連れていった事が始まりです。なのでそれを桶川さんに言われる筋合いはありません。
「数人のやーさんを返り討ちにした挙げ句、拳銃弾をかわして相手を倒す女子高生が遊ちゃんの他に居るとでも?」
「今日はパンダが多いわね。どうしたのかしら?」
桶川さんを沈黙させたと思いきや、土呂刑事からの攻撃が炸裂しました。返答代わりに呟いたのは純粋に車窓を眺めて感じた感想であって、話題を変える為の発言ではありません。
「例の事件で警戒をしてるんじゃない?署長に聞いてみましょうか」
土呂刑事もそれを感じていたのか、携帯を取り出しパトカーが多い理由を署長さんに問い合わせてくれました。しかし、機密を理由に教えてくれなかったそうです。
「桶川さん、安全運転でお願いしますね」
こんなにパトカーが居る中で交通違反などしようものなら、すぐに検挙されてしまいます。違反処理されて仕事に遅刻なんて冗談ではありません。
「任せて、ゴールド免許は伊達じゃないのよ」
「えっ?ゴールド?」
「警察は何をやってるのよ・・・」
昨日のカーチェイスを経験したばかりの私と土呂刑事は桶川さんがゴールド免許の所持者だと信じられません。そして土呂刑事、あなたも警察官という事を忘れないで下さいね。
流石の桶川さんも今日は無謀な運転はせず、私達は無事にテレビ局に到着しました。収録は特筆するような事は何も起こらず、順調に終了しました。
帰り道で東京駅に寄ってもらい、コンコースでお土産を買いまくり店員さんや通行人から奇異の目で見られた事など些細な出来事です。
「遊、お帰りなさい。いい知らせがあるわよ」
家に帰ると、機嫌良さそうなお母さんが出迎えてくれました。大量に買ってきたお菓子が原因ではなさそうです。
「遊を襲ったプロデューサーの件、早ければ今夜。遅くとも明日には片付くわよ」
「それって、今日パトカーがやたらと走り回っていた事と関係する?」
お母さんによると、プロデューサーに銃を渡した暴力団の武器調達ルートが判明し今夜にも大規模な摘発が全国規模で行われるそうです。
「それはありがたいけど、どうしてそれをお母さんが知ってるの?」
「ロシアのお友達が調べてくれたの。そこから警察庁に情報を流して貰ったから私も知っているのよ」
そう言ってクスクスと笑いだすお母さん。一体どんな交遊関係を持っているのか謎ですが、聞くのは止めておきましょう。好奇心猫を殺すといいます。耳を塞いでいる土呂刑事のように、聞かなかった事にするのが賢い選択なのでしょうね。




