第百八十五話 準備は万端
合法・違法はこの際置いておいて、皆が私を心配してこの装備を作ってくれた事は違いありません。切れ味だとか貫通力だとかは些細な問題だと考えないようにしましょう。
「みんな、ありがとうね。ユウリの時には使えないけど、遊の時は装備するわ」
ユウリ衣装でのスリープを付けてたら、外見で丸分かりなので装備出来ません。ベストも薄手の衣装の時は使えないので使い所は限られてしまうでしょう。
しかし、遊ならばそれが目立たない服装を選べば良いので問題ありません。
早速スリープを腕に装着してみます。丸ペンをセットしていると部屋の壁に黒い物体を発見しました。反射的に丸ペンを黒いG目掛けて投擲しました。
「へえ、投げやすいし軌道も安定するのね。これは使いやすいわ」
ペンを投げるなんて初めての経験でしたが、きちんと狙い通りに飛んでくれました。弾道低下率も低く、概ね狙い通りの場所に刺さっています。
「遊、いきなり何を・・・」
いきなりの投擲に驚いた友子が壁を見て絶句しました。そこには丸ペンに貫かれた、黒光りするGがいたからです。
「ゴキブリホ○ホ○仕掛けてるのにねぇ。バル○ン焚かないとダメかしら」
ちり紙でGを処理したお母さんがため息をつきます。世の中のご婦人にとって、対G作戦は永久に悩みのタネなのです。
「そろそろ桶川さんが来るから準備して行ってくるわ」
お母さんから受け取ったペンを流しで洗い、水気を丁寧に拭き取るとリビングを出ます。日曜日でも容赦なく仕事は入っているのです。声優の辞書に定休日という文字はありません。
今日の衣装は厚めなので、ベストを付けても大丈夫そうです。ベストを付けてから上着を着ました。髪をほどいてブラシをかけ、眼鏡を外して薄く化粧します。すっかり手慣れた手順を経て、北本遊だった私は新人声優のユウリとなりました。
「それじゃあ行ってきます」
「遊、今日もお土産期待してるわよ」
今日のお仕事は都内での収録なので、買ってくるとしたら東京土産になるでしょう。昨日のような長野土産を期待されても困ります。
と、そこまで考えて気づきました。昨日軽井沢土産にお菓子を大量に買ってきました。そのお菓子がまだある筈なので、今日もお土産を買ってくると食べきれなくなりそうです。
試食をして美味しかったお菓子もあったので食べるのを楽しみにしていたのですが、昨日のやり取りですっかりと忘れてしまっていました。




