第百八十三話 意向と報酬
その頃、都内の某所にあるオフィスビルの一室ではスーツ姿の男が電話で話ながらペコペコと頭を下げていた。
テレビ電話などという物は実用化されていないこの時代、頭を下げた所で通話している相手にそれが見える筈もない。それでもそれをしてしまうのは日本人の性というものだろうか。
「はい、もちろん全力で探っていますとも。はい」
男は相手から責められているようで、必死の思いで言葉を紡いでいく。
「ええ、必ず全貌を暴きます。ですからMI6やモサドには・・・あいつらに先生の貴重な原画を渡したくありません!」
必死で訴えかける男。その熱意は相手に伝わったようで、安堵の表情を浮かべている。他国の情報機関が関わる重要な案件のようだ。
「必ずや近日中に解決いたします。ですので、お約束の原画を・・・ええ、三枚お願いします」
受話器を置き、ほっとため息をつく男。しかし、無事に通話を終えた男は休む事なく即座に次の行動に移るのであった。
「官房長官、官房長官!」
男が叫ぶと重厚なドアを開いて恰幅の良い男が現れた。内閣の官房長官を呼びつけるこの男、相当な地位に居る事は疑いようがない。
「総理、どうなさいました。そんな大声をあげて」
「例の件、全力で当たれ。他は無視して構わん」
端的に用件を言う男、内閣総理大臣に官房長官の頬がひくつく。どうやら無茶な指示をされたようで、何とかそれを回避しようと官房長官は抗弁を開始する。
「し、しかし。現在、必要最低限の諜報員を除き例の件に回しています。これ以上の諜報員を引き抜くのはとても・・・」
「他国の情報部に依頼されて、報酬を横取りされても良いのか?」
官房長官が試みた抗弁は、全てを言う事なく総理に却下されてしまった。総理の言う報酬は官房長官も無視出来る物ではないらしく、官房長官は表情を消し頭を下げた。
「全力で事に当たります」
「頼むぞ。北本先生夫妻のサイン入り原画を手にいれる機会など、これを逃したらまず無いだろうからな。無事に入手した暁には、君の手にも一枚渡す事を確約しよう」
「万難を排し、北本先生がお望みの結果を提示する事をお約束致します。お任せを」
再び頭を下げた官房長官は、隠しきれぬ笑みを浮かべて国内全ての諜報員を動員する決意を固めていた。
もしも遊が知れば頭を抱えて唸りそうな光景だが、このやり取りにより事件は解決に向け動き出すのであった。




