第十八話 遊とユウリ
翌日、学校は恙無く終わりました。私の場合、既に進学先が決定しているので楽なものです。学校が終わるとすぐに家へ帰り、私服に着替えました。
出かける事は両親に伝えてあるので、何も言わずに出ます。由紀は部活で帰りが遅いので、書斎で仕事をする両親だけ留意すれば良いのです。
「あ、お姉ちゃん、お出かけ?」
なんて思っていたら、玄関でバッタリと由紀にでくわしてしまいました。由紀や親友の友子が私の内心を知っていたら、フラグ回収乙と笑うでしょう。
「うん、ちよっと遅くなるから」
慌てた内心を出さないよう最低限の会話に留め、お化粧をした顔を見られないよう家を出ます。
余計な会話をして不審に思われてはなりません。由紀は怪訝そうな顔をしていたけど、構っている暇はありません。
「ユウリちゃん、こっち!」
待ち合わせ場所に指定されたコンビニの駐車場に止まっていた桶川さんの車に乗り込みます。
「この姿の時は、遊です!」
まだ誰にも知られていないから大丈夫だとは思います。だけど、用心するに越したことはありません。この間のクイズ番組が放送されたら更に気を付けないと。
「いいじゃない。やましい事をしてる訳じゃなし。普段からユウリちゃんになっちゃえば?」
桶川さん、そんなにバラしたいんですか。と言うより、面白がっているような気もします。
「そのつもりはありません。まだ声優をずっとやるとは決めてませんから」
髪をほぐしながら答えます。声優としてやっていけない場合、私がユウリだと由紀に知られるのはデメリットしかありません。
そして、生存競争が激しいと言われている声優界で私がやっていけるとも思わないのです。
「でもねぇ、家からユウリちゃんで出られれば、もっと楽になるわよ?」
テレビの時はあの服だったから直接帰れなかったし、今日だって家で身だしなみを整えて来れば車の中で髪をすく必要は無かったのです。そこを突かれると答えに窮してしまいます。
「それはそうですけど・・・」
「まぁ、いいわ。でも、親御さんには言いなさい?契約は必要なんだから」
「はい、それは重々承知しています」
それは私の我が儘ではどうにも出来ません。私は未成年なので、両親の承認がどうしても必要なのです。それを怠れば、桶川さんが罪に問われてしまいます。
話している間にスタジオに到着しました。車の外に出て髪にブラシを入れます。長いので車内だと上手く手入れが出来ないのです。
再度車内に入り、眼鏡を外して軽く化粧をしてもらいます。声色を変えれば、私は女子中学生の北本遊から新人声優のユウリ
となります。
スタジオに入り、スタッフの人や先輩方に挨拶します。礼節を欠けば、所属事務所にも迷惑をかけてしまいます。
「おはようございます!今日もよろしくお願いします!」
「おっ!おはよう」
「おはよう。ユウリちゃん、今日も可愛いね」
「ユウリちゃん、朝霞さんの番組に出たって?」
「優勝したんでしょ?凄い!」
何人かの先輩はこの間の収録の事を知っていました。まだ番組は放送されていないのですが、朝霞さんか関係者の方に聞いたのでしょうか。
「アクシデントがあって、急遽代役で出してもらいました。番宣もちゃんとしてきましたよ」
私と朝霞さんを中心に、クイズ番組の話題で盛り上がります。皆さん有名な声優さんの筈なのに、気さくに話してくれます。
「はい、そろそろ始めまーす!」
スタートの声がかかり、楽しい雑談の時間は終わりを告げました。穏やかだった表情は、緊張感溢れた真剣な顔になっています。
前回は何とか上手く出来ました。今回も皆さんの足を引っ張らないように頑張りましょう。




