第百七十七話 主役不在
「そうなんだ。でも、それって普通は出来ないよね。それに、まるでユウリちゃんが避けたような言い方だけど?」
「はい、それって私ですから」
さらっとカミングアウトすると、朝霞さんはいきなり笑いだしました。過呼吸を起こすまで笑う朝霞さんに、私も土呂刑事も呆然と見つめる事しか出来ませんでした。
「あのプロデューサー、ユウリちゃんとユウリちゃんを共演させようとしたのか。それは無理な話だねぇ」
「改めまして、本名は北本遊です。普段はこんな感じで暮らしてます」
すぐに記者会見なので化粧は落としませんでしたが、髪を結って眼鏡をかけて遊の姿を見せました。
「イメージ変わるね。これじゃあ2人を知っていても分からないよ」
「声も普段はこうですから、両親や妹も言うまで気付きませんでしたよ」
遊の声で話すと、何度も首を縦にふる朝霞さん。ヒントがあったとはいえ、私がユウリと見抜いた校長先生と教頭先生の洞察力は並みではありません。
「声まで変えてるんじゃ尚更だね。でも、それを言っても良かったのかな?」
「朝霞さんなら問題無いです。業界内で知ってる人がいた方が良いかとも思いますし」
その後、係りの人が呼びに来るまで朝霞さんと雑談に興じました。満足した土呂刑事は桶川さんに預け、私と朝霞さんは会見場へ入ります。
「そういえば、このアニメの主役は誰がやるんだろう。ユウリちゃん聞いていない?」
「聞いていないです。声優ファンの妹も知りたがってるんですけどね」
まだ共演者にも秘密なので、惚けておきます。自分の秘密は話しても、守秘義務のある事項は話さない。それが社会人の義務なのです。
「朝霞さん、ユウリちゃん、お願いしますよ」
会場入り口で監督さんが待っていました。記者会見にでるのは監督と私、朝霞さんと女性声優で初顔合わせの春日部さんの四人です。この三人が演じるキャラクターが主人公に絡み話が進んでいきます。
もっとも、毎回出るのは主人公と私がやるナビィだけで、朝霞さんもその他役のため毎回入るようです。
会場の扉が開き、次々と焚かれるフラッシュを浴びながら誂えられた席につきました。脇に立てられたマイクスタンドに司会者の女性が立ち記者会見が始まります。
「では、新作アニメ『オラクルワールド』の制作発表をお願いします」
まずは全員の自己紹介、その後質疑応答という手順なのですが、それを無視して記者からの質問が飛びました。
「監督、主役の方が見えないようですが?」
「主役を誰がやるのかはまだ秘密です」
通常ではあり得ない事態に記者達がざわめきます。それを司会者の女性が制し、一旦質問を受け付けます。
「まだ決まっていないのでは?」
「それはありません。すでにオファーを行い、了解も得ています」
監督の答えに再び会場がざわめきます。始まりから波乱の記者会見、果たして無事に終わるのでしょうか。




