第百七十五話 知ってはいけない知られちゃいけない
電話を終えたお母さんが私に気づきました。遊ではなくユウリの姿でいる事に少し驚いたみたいです。
「あら、今日はユウリで行くのね」
「直接会見の会場に行くのよ。車の中で着替えるより楽だからこの姿で行くわ」
慣れたとはいえ、ワゴン車の中での着替えはやり辛いのです。隠す相手も居ないので、効率を重視しての選択です。
「気をつけて行くのよ。一応、知り合いの与党党首に調査を頼んでおいたから解決までそう掛からないと思うけど」
この日本において与党の党首といえば、大概の場合内閣総理大臣という肩書きも持ちます。そんな人とどんな関係かは、聞かない方が精神的に良いでしょう。
「土呂刑事もいるし、大丈夫よ。狙われるとしたらユウリじゃなく遊だしね」
遊イコールユウリという情報は、まだどこにも漏れていないでしょう。なので、今は遊の姿でいるよりもユウリの姿でいる方が安全かもしれません。
「おはようございます!遊ちゃん、準備出来てる?」
雑談をしていると桶川さんが迎えに来ました。土呂刑事と一緒に桶川さんに合流し、三人が乗った車は一路会見場となるホテルへと走ります。
「今日は何の会見なんですか?」
「新しく始まるアニメの制作記者会見です。オラクルワールドっていうラノベ原作のアニメで・・・」
「朝霞様が主人公の友人役で出るあの番組ね!」
タイトルを伝えた途端、土呂刑事が身を乗り出してきました。朝霞さんが出演するので、事前にチェックをしていたようです。
「朝霞様が主人公じゃないってのは納得いかないわ。しかも、誰を起用するかまだ発表されてないし。ぽっと出の新人がコネでなんていったら、全世界10億人の朝霞様ファンが黙っちゃいないわよ。あ、遊ちゃんは共演するから知ってるのかしら?知ってるのならチャッチャと吐きなさい。黙っていても得はないわよ?」
さすが現役の刑事さんです。訊問が手慣れていて迫力があります。反射で私ですと答えてしまいそうになりましたが、何とか踏み留まる事に成功しました。
「誰がやるかは監督とかごく少数の人しか知らないみたい。共演者にも教えられていないわ」
「そっかぁ。でも、今日の会見には来るわよね。絶対に探し出して見せるわ!」
じっちゃんの名に懸けて!とか意気込んでいますが、土呂刑事のお仕事は私の護衛であって新作の主役を探す事ではありません。
意気込む土呂刑事に不安を抱いたまま会見場のホテルに到着しました。土呂刑事、私の護衛という仕事を忘れていませんよね?
「ああ、土呂刑事。これを着けて下さいね」
桶川さんは手にしたバッグから長髪のカツラと眼鏡を取り出して土呂刑事に渡しました。
「遊ちゃんの護衛がユウリちゃんについていたら、正体がバレてしまうわ。今は遊ちゃんにマスコミはついてないけど、予防策はやっておいて損はないから」
土呂刑事は無言で頷くと素早くカツラと眼鏡を装着しました。土呂刑事を伴っての収録、何事もなく終われば良いのですが。




