第百七十四話 護衛初日の朝
長い間ご無沙汰しました。
「はっ、ここは……」
暗闇の中から意識が浮上し、周囲を見回します。見慣れた机にタンスが目に入りました。どうやら私の部屋のようです。
意識を失う前の記憶を辿ってみましょう。昨夜はお風呂に入って、由紀が背中を・・・忘れましょう。うん、昨夜は何もありませんでした。
着替えて身だしなみを整えます。今日は新作アニメの制作記者会見があるのです。
私としては初の主役なので大きく扱ってもらいたい所です。でも、プロデューサーの件がまだ報道されてるのでそちらに話題を持っていかれる可能性もあります。
リビングに行くと、既に土呂刑事が来てコーヒーを飲んでいました。朝から家族ではない人が家にいる事に戸惑いましたが、私の安全の為に来てくれているのです。早く慣れないといけません。
「おはようございます」
「おはよう、今日からしっかりと張り付くからよろしくね」
自分のコーヒーを作り、パンをトースターにセットします。出来たトーストとコーヒー、バターを持って席につきました。
「今日も派手に報道してるわよ、警察が捕まえられなかった犯人を女子高生が捕まえたって。」
テレビのワイドショーでは、警察の不手際をコメンテイターが声高に叫んでいました。逃亡の切っ掛けも看守の規則違反ですし、テレビ側としては国を叩いて視聴率を稼ぐ好機なのでしょう。
「確かに警察の失態だから、反論出来ないわねぇ」
苦笑する土呂刑事に私は何も言えません。警察が捕まえられなかった犯人を捕まえた私が何を言っても慰めにならないでしょう。
「今日は新作アニメの制作記者会見があります。桶川さんが迎えに来ますから」
「初日から不特定多数の人が出入り出来る記者会見とは、中々ハードな仕事になりそうね。でも、全力で守るから安心して頂戴」
「ありがとう、頼りにしてますね」
お礼を告げて一旦自室に戻ります。髪をほどいて薄く化粧をすればユウリの出来上がりです。我ながら手慣れたものだと思います。
リビングに戻ると、お母さんが携帯で電話していました。隣に座っている土呂刑事の顔ががひきつっていますが、一体誰と話しているのでしょう。
「……ちゃんと調べたら送るわよ。カラー原画、サイン入りで3枚。そう。ちゃんと内調に仕事させるのよ」
電話の相手、会話の内容で想像つきますが考えたくもありません。土呂刑事も耳を塞いで聞こえないふりをしています。
内閣調査室に調査を依頼できるイラストレーターのお母さん。こんな事、誰に言っても信じてくれないでしょうね。




