第百七十一話 警察署からの脱出
「フフフッ、これで朝霞様に・・・おっといけない。それでは、暫くこの子の護衛に付きます。課長への通達よろしくお願いします」
妄想に浸りながら署長室を出る土呂刑事。丁度扉の修理が終わったので、大工道具をしまって追いかけます。
「護衛対象の私を置いていったらまずいと思いますよ?」
「だ、大丈夫よ。ここは警察の中なのよ、安全は保証されているわ!」
私の指摘に我に返った土呂刑事が反論します。実際には一般の人も出入り出来るので、油断は出来ないと思います。会議室に戻ると、制服警官が桶川さんと何やら話し合っていました。
「何かあったんですか?」
「遊ちゃんお帰りなさい、あれなのよ」
窓から外を見ると、玄関に報道陣が殺到していました。建物内部に入れないよう、制服警官が数人で玄関を固めています。
「大勢来てるわね、大事件でもあったのかしら?」
「遊、そのボケは笑えないわ・・・」
「脱走犯が捕まった事がどこからか流れたのと、妙な生物が爆走しているとの通報や動画が流れたのでその確認のようです」
制服の警官さんこ丁寧に説明をしてくれました。私だって予想はついていました。しかし、少しくらい現実逃避しても許されると思うのです。
「あの中を突破して帰るの、大変そうねぇ」
強行突破しようとしても、まず捕まってしまうでしょう。身体能力に自信はありますが、取材時のマスコミに常識は通用しません。
ユウリが有名になるのは構いませんが、北本遊が有名になるのは困ります。何か策を立てなければなりません。
「ちゃんと解決策は用意してあるわ。お母さんに任せなさい!」
自信満々に宣言するお母さん。しかし、鎧武者の姿で出るだけで報道陣に囲まれて身動き出来なくなるのは容易に想像が出来ます。
「まず、遊と友子ちゃんにはこれを着てもらいます」
お父さんとお母さんがそれぞれの衣装(被り物?)を脱ぎました。下にはちゃんと普通の服を着ていたので問題ありません。
「これで二人は姿を見られずに出られるわ。マスコミとの受け答えは桶川さんに任せてね」
上手い策を考えたものです。注目される事を逆手に取って脱出とは、流石お母さんです。
指示された通り、私が鎧武者で友子が宇宙人の衣装を着込みました。かなり動きが重くなりますが、動けない程ではありません。友子も歩く事は可能なようです。
「私は裏口から出ます。家の場所は聞きましたので合流します」
土呂刑事はここの刑事だから問題なく出られます。ただ、念には念を入れて、脱出時は別行動として後程合流する事にしました。
「では、私達も出ましょうか」
両親と桶川さん、着ぐるみ二体で正面玄関から堂々と出ます。当然、集まっていた報道陣が群がってきました。
「あなたは桶川社長ですね!」
「市民から通報された妙な生き物はこいつらですか?」
「この騒動、桶川プロが関与しているということですね?」
桶川さんにマイクが差し出され、カメラがフラッシュを焚きます。質問が一段落し、静かになるのを見計らった桶川さんが口を開きました。
「この二体は新作小説のキャラクターです。本日は、キャンペーンイベントの打ち合わせに来ました。警察からの急な呼び出しで着ぐるみのまま市内を走る事となり、市民の皆様にご迷惑をお掛けした事を深くお詫び致します」
この説明だと警察が泥を被る事になりますが、脱走犯を捕まえられずいたいけな女子高生が襲われた不手際と相殺ということで我慢してもらいましょう。
「社長、こちらの方は?」
「馬鹿、小説家の北本先生と、挿し絵画家の奥さんだ!」
お父さん達の顔を知っていたレポーターが質問した記者をたしなめました。小説家やイラストレーターは素顔を出す機会は少ないので、顔を知らなくても無理はありません。
「では、このキャラクターは先生の新作のキャラクターなのですか?」
「そうです。桶川プロさんにお願いして着ぐるみにしてもらいました。その打ち合わせの最中に呼び出された為、着ぐるみを連れて来たのです」
ざわざわとざわめく報道陣。妙な通報の真相を探りに来てみれば、新作小説のキャラクターを撮影するという予想外の特ダネを得て困惑しているようです。
「江戸時代を舞台にした、SF勧善懲悪ストーリーとなります。本来でしたらもう少し詰めた後で発表する予定だったのですが、先行して発表する形になってしまいましたね」
ここぞとばかりに宣伝するお父さん。いきなりのトラブルにも関わらず、キッチリ利を得るのだからしっかりしています。
両親がマスコミに受け答えしている間、友子の宇宙人は手を振り愛想を振り撒き、スペース侍の私は剣の型を披露します。刀を持ってないのでちょっと間抜けな風景になりましたが、そこは勘弁してもらいましょう。
「正式に決まりましたら会見を開きますので、本日はこの辺で」
警察にワンボックスを出してもらい、皆で乗り込み家に送って貰います。桶川さんの車はありますが、それに乗って帰っては行きに走る着ぐるみを見られていたので矛盾が生じてしまうのです。
「上手く誤魔化せたようね」
追ってくるマスコミが居ない事を確認して、安堵のため息をつくお母さん。とりあえず、一息つく事が出来そうです。




