第百六十九話 私の判断
「えっと、ちょっと相談があるからお父さんを復活させるわよ」
壁のお父さんも助けだし、席に座らせます。お母さんが活を入れ、正気に戻しました。お母さんは妙に手慣れていました。まるで頻繁に行っているかのようです。
気を取り直し、話を進めます。今回の暴漢が元プロデューサーであったこと、銃の提供元が分からないので、警戒して護衛を付ける話になるかもしれない事を説明しました。
「それは護衛してもらった方が良いわね」
「いえ、ちょっと待って下さい」
即座に賛成したお母さんに桶川さんが異を唱えました。全員の視線が桶川さんに集まります。
「それは24時間って事ですよね」
「はい、訓練を受けた私服警官が交代で護衛します」
それを聞いて護衛を付けた際の問題にお母さんも気がついたようです。
「少なくとも護衛の人にはバレるわね。遊、あなたの仕事に関わる話なんだから、あなたが決めなさい」
決められないから相談したのに、一任されてしまいました。でも、高校生とはいえ社会に出てるのだからこういった決断もしないといけないのかもしれません。
受けるべきか、受けないべきか。各々の場合の長所と短所が頭の中を巡ります。皆はじっと私を見つめ、私の決断を待っているようでした。
「決めたわ。土呂刑事、護衛をお願いします」
決断を下した私は、土呂刑事に頭を下げてお願いしました。
「遊ちゃん、話しても良いのね?」
「はい、構いません」
正体を隠したいというのは、私の我が儘です。そんな事の為に私を心から心配してくれる人達に迷惑かけてはいけません。
「刑事さん、娘もこう言っています。護衛の手配をお願いします」
すぐに正体がバレるとは思いませんが、時間の問題でしょう。あの元極悪プロデューサー、本当に余計な事をしてくれたものです。
「護衛はこちらから言い出した事なので、手配を取るのは当然ですが・・・」
私達が葛藤している理由を知らない土呂刑事は、その理由を知りたそうでした。
「私の仕事に関わる話なんです」
観念して理由を話そうとした私を、桶川さんが手で制しました。
「すいません、刑事さん。プライバシーに関わる話なので、警護をしてくださる方にのみ話したいのです」
話す相手を少しでも少なくして、バレるのを遅らせようとしてくれました。「バラしちゃえば?」などと言っていても、何だかんだで私の望みを尊重してくれる優しい人なのです。
「私も護衛します。護衛対象が女性なので女刑事が付く事になりますが、腕がたつ者は少ないんです。だから、私は確定ですよ」
土呂さんなら何度か会っていますし、見ず知らずの人が付くよりは安心です。
「話というのは、遊ちゃんの仕事の事です。構わないわよね」
「はい、もちろんです」
念には念を入れて聞いてきた桶川さんに、了承の意を示します。ここで話さなくても、私に張り付く事がほぼ確定の土呂さんにはいずれバレてしまうのですから。
「遊ちゃんは、私の事務所の声優として仕事してるのよ」
「声優ですか?」
思ったよりも反応がありません。あまり声優に興味は無いのでしょう。
「名前位は知ってると思うわよ。芸名はユウリというの」
桶川さんが名前を言った瞬間、土呂刑事の表情が激変しました。会議室の机を叩いて立ち上がります。
「何ですって!それは本当なの!」
「はい。普段は姿と声を変えてバレないようにしています。仕事の時は・・・こんな感じですね」
突然の豹変に面食らいながらもユウリにチェンジし、声も営業用に変えました。
「ほ、本当だわ・・・」
暫し呆然とする土呂さん。声優に関心無かったのに何故豹変したのでしょう。少しして復活した土呂さんは、ガシッと私の肩を掴みました。
「あなたの警護は、私が専任で全力であたるわ!」
先程は交代でと言っていたのですが、それが専任に変わりました。
「もちろん、『脳力試験』の収録にも『悪なり』のアフレコにも密着するわ」
「は、はあ・・・」
あまりの勢いに、この場にいる全員が圧倒されています。そんな私達を蚊帳の外にして、土呂さんは自分の世界に入り込んでしまいました。
「ああ、憧れの朝霞様にお会いできるのね。神様、ありがとう。これは地道に朝霞様をお慕いしていた私に対するご褒美なのですね」
どうやら土呂さんは朝霞さんの大ファンのようです。声優全体ではなく、朝霞さん限定のファンなので私が声優だと暴露しても反応が薄く、朝霞さんの共演者だと知ったので豹変したのでしょう。
「遊、言いたくないけど、この刑事さんて本当に大丈夫?」
「私も不安だけど、もう話してしまったし他の人もどうだかわからないから・・・」
警察の護衛、断った方が良かったかもしれません。




