第百六十八話 少しで良いから空気を読んで
「お母さんもすぐに来るって」
「でしょうね。私達は待ってましょうか」
すっかり待たせてしまっている土呂刑事の元に戻ります。席に着いて温くなったお茶を飲み喉を潤しました。
「お待たせしました。バイト先の責任者と両親に連絡していたので。母もすぐに来ると言っていました」
「ああ、それが先だったわね。保護者の方の意見も聞かないと」
と土呂刑事が納得した瞬間、部屋の扉を乱暴に開き乱入してくる人物がいました。
「遊ちゃん、遊ちゃんは何処なの!」
「桶川さん、さっきも言った通り私は無事だから落ち着いて」
取り乱すほど私の身を案じてくれるのは嬉しいのですが、もう少し落ち着いてほしいと思うのは贅沢でしょうか。
「実際にこの目で見るまで安心出来ないわよ!」
涙を流す桶川さんの胸に抱き締められました。背中に回された手が、僅かに震えているのを感じられます。その優しさに胸を打たれていると、外が騒がしくなってきました。
「ちょっ、待って下さい、何者なんですか!」
「いいから通しなさい!遊!遊はどこなの!」
何者かを静止しようとしているのは、いつぞやのファミレス婦警さんの声でした。それに対する声はお母さんのようです。暴漢に襲われた娘を案じて来た母親を、なぜに留めようとしているのでしょう。
「ここね!」
バンッという擬音と共にドアが開かれます。そちらを見た私達は、先程の疑問の解答を得ることが出来ました。そこには立派な鎧武者が立っていたのです。
「遊!怪我はない!」
ガシャガシャと音をたて、鎧武者が迫ります。声から察するに、中身は間違いなくお母さんです。
「お、お母さん、なんて格好で来てるのよ!」
と言うか、どうやってここまで辿り着いたのでしょうか。途中お巡りさんに職務質問されて拘束されると思うのですが。
「ぜえ・・・はあ・・・おまえ、早いよ」
続いて息切れが激しい何かが入ってきました。何かというのは何だと疑問に思われるでしょう。しかし、そうとしか言い様がないのです。
NASAの宇宙服みたいな服を着て、頭はバッタにクワガタの角を付けたみたいな形をしています。色は全身ピンク地に紫の水玉模様という物体を「何か」以外に形容出来るでしょうか。
「お父さん、遅いわよ」
あまり聞きたくないセリフが甲冑から聞こえました。あの形容し難い物体は、遺伝子学的に私の父親にあたる存在のようです。私は外宇宙から飛来したような生命体を父親に持った覚えはありません。
「遊、強く生きるのよ・・・」
友子がポンポンと肩を叩き慰めてくれましたが、全てを捨てて逃避行したくなった私を誰が責められるでしょう。ちなみに、土呂さんと桶川さんは固まっていて身動き一つしません。
「お父さん、お母さん、とりあえず顔を見せてくれない?特にお父さんは射殺されても文句言えないわよ?」
どこからどう見ても地球外生命体です。私もM-82対物ライフルで狙撃したい欲求に駆られています。
「丁度仕事中だったのよ。ほら、あなたも脱いで」
鎧武者が兜を脱ぐと、中からお母さんの顔が現れました。お母さんは兜を小脇に抱えます。
「えっと・・・これか」
お父さん(仮)が角の脇を押すと、頭の天辺から切れ込みが入り、左右に綺麗に別れていきました。その中からはいつも見ているお父さんの顔が覗いています。
「えっと、北本さん、説明してもらえるかしら?」
「実はですね・・・」
困惑している土呂刑事に両親の仕事の事、仕事中イメージを膨らませるためにコスプレをしている事を説明しました。このままでは変質者として即逮捕の上留置所にエスコートされてしまいます。
「一応、理解だけはしました。しかし、どんな小説を書いてるんですか!」
鎧武者に宇宙人の組み合わせです。私にも想像か全くつきません。
「江戸時代の浪人が漂着した宇宙人を助けて、その力でスーパー鎧武者になり悪を懲らしめる大江戸変身ヒーローものです」
物語の作者であるお父さんが簡潔に説明しました。我が父親ながら、その発想力は理解出来ません。もっとも、常人が出来ない発想をするから小説家足り得るのでしょう。
「それは置いておいて、遊、銃を持った暴漢に襲われたって?だから防弾盾を持っていけと!」
心配そうに私の体をペタペタと触り、異常が無いかを確かめようとします。次の瞬間、形容し難い衝撃音と共にお父さんが壁まで吹き飛びました。
「あなた、年頃の娘を無遠慮に触るってどういう了見かしら?」
「スイマセンスイマセンスイマセンスイマセンスイマセンスイマセンスイマセン・・・」
壁にめり込み、お父さんは壊れたスピーカーのように謝ります。これに関しては自業自得なので庇うつもりはありません。
さて、すっかりコメディになったこの雰囲気、どうすれば良いのでしょうか。もう、何もかも放置して帰ったらまずいでしょうか。




