第百六十五話 どちらの味方?
「丁寧にアドバイス、ありがとうよ。ならばそのアドバイス通りにしてやるよ」
私のアドバイスに従い、元極悪プロデューサーはしっかりとした構えで私を狙います。思ったよりは冷静だったのは計算外でしたが、それで勝てるとは限らないのが世の中なのです。
両手で構えたトカレフ擬きから胴を狙い弾丸が撃たれました。しかし、体一つ分右に移動した私にかする事もなく弾丸は壁にめり込む結果となりました。
「遊、今、弾丸をかわさなかった?」
防弾盾で身を守りながら事態を見守っていた友子が、信じられないといった表情で呟きます。
「本物相手にやったのは初めてだったけど、同じように通用するのねぇ」
それは、とある抜刀術の道場に通っていた時のことでした。道場の誰も私に勝てなくなった時、師範から奥義を伝授すると言われたのです。
それは対拳銃用の技で、撃たれた弾丸をかわし射手を倒すというものでした。
口頭で伝えられるだけで、師範は見本を見せてくれませんでした。恐らく、師範も出来なかったのでしょう。その証拠に、エアガンでやった訓練であっさりと習得したら呆気にとられていたのをよく覚えています。
などと回想をしながらも、再び撃たれた弾丸をかわします。友子の表情は驚きから呆れに変わり、元極悪プロデューサーは怒りと焦りが混じった何とも言えない表情となりました。
「くっ、銃弾をかわすとは!埼玉の女子高生は化け物か!」
「お願い、お願いだからこの子を標準と思わないで!」
友子の切実そうな叫びを聞き、つい抗議の声を上げてしまいます。
「友子、あなたどっちの味方なの?そこは私が化け物扱いされてるのを否定しなくてはいけないと思うんだけど」
「「銃弾避けてる段階で、立派な人外!」」
友子と元極悪プロデューサーが綺麗にハモりました。これ位、ある程度修行を積んだ武芸者なら出来るはずなのですが。実際、お母さんならばリリアン編みながらムーンウォークを見せつつ余裕でかわすでしょう。
などと話ながらも放たれる弾丸をかわしていると弾が途切れました。マガジンに装填された弾丸を撃ちきったようです。
「弾切れね。覚悟!」
この絶好のチャンスを逃すまいと、間合いを詰めるべく走り出します。しかし、元極悪プロデューサーは慌てずに懐から新たなマガジンを取り出しました。
「甘いな、弾なら大量に用意してあるのだよ!」
グリップのマガジンを引き抜き、新たなマガジンを入れる元極悪プロデューサー。改めて銃口を向けられた時、私はあと数歩でプロデューサーを蹴りの射程に捉えられる所まで来ていました。
「この距離ならかわせまい!」
元極悪プロデューサーは勝ち誇り、勝利を疑わず引き金を引きました。確かに、今まで弾丸をかわせていたのは距離を開けていたからでした。この距離では弾丸わかわす事は不可能です。
しかし、私はそれに構わず走ります。元極悪プロデューサーの指が引き金を絞りきりました。しかし、向けられた拳銃から銃弾は発射されませんでした。
「何だと!弾丸が詰まったか!」
それを予測していた私は慌てる元極悪プロデューサーに近付き、彼の右手に走り込んだ勢いを乗せた中段蹴りを放ちました。
銃に意識が向いていた元極悪プロデューサーは当然避ける事が出来ず、蹴りをもろに喰らって銃を取り落としました。
勢いで手首を痛めたのでしょう。左手で右手の手首を押さえ、苦痛に顔を歪めながら蹲っています。
「本当におバカさんね。自動拳銃はね、全弾撃ち尽くしたらマガジンを替えた後遊底をスライドさせて薬室に弾を送らないと撃てないのよ。マガジンの交換は、薬室に弾丸を残して行う。こんなの基本中の基本よ」
解説をしながらローキック・カウロイ・ネリチャギの足技3連続を叩き込みます。為す術もなく全てを受けた元極悪プロデューサーは崩れるようにアスファルトへと体を沈めました。
「遊、お疲れ様。拳銃持った相手に完勝なんて、本当に人外ね」
「あいつが馬鹿だったからよ。まともな拳銃使いだったら勝てなかったわ」
相手がお馬鹿だったというのも大きな勝因ですが、サイレンサーで初速が落ちていたのもありました。
呆れる友子を横目にハンカチを取りだし拳銃を包んで確保します。友子は盾を鞄にしまって代わりにロープを取り出しました。
倒れているプロデューサーをそのロープでぐるぐる巻きにしていきます。
証拠の保全と容疑者の確保が終了した頃、やっとパトカーのサイレンが聞こえてきました。
「随分大事になってるわねぇ」
到着したのは、普通のパトカーではなく機動隊の輸送車両でした。車体は灰色のバスに見えますが、全ての窓には鉄の格子がはまっています。
そのバスから友子が持っていたのと同じ盾を持った警官たちが降りてきました。




