第百六十四話 執念深き者
急ぎ足で学校へと向かいます。遅くなったせいで周囲に生徒は少なく、皆遅刻しないようにと急いているように見えます。
「あ、友子」
前を歩く友子の襟首を掴んで引き戻しました。急に後ろから引っ張られたせいで襟元が絞まり、首を締められた形となった友子が抗議の声をあげます。
「ケホッ、遊、何をするのよ!」
「いや、そこの曲がり角から殺気がね」
友子が差し掛かろうとしていた四つ角を指で指します。いつ気付いたかと言われれば、さっきと答えます。・・・殺気だけに。
「殺気って、いつから遊はハンターに・・・」
ツッコミをしようとして友子が黙りました。私が真剣な表情で曲がり角を見ているので、本気だと悟ったようです。
「友子、私の後ろに」
幸い、近くの学生とは少し離れています。手荒な事になったとしても巻き込む可能性は低いでしょう。
「まったく、本当に只者じゃないな」
「あなたは・・・」
角から現れた男は、片手にサバイバルナイフを持っていました。あれで刺されていたら、友子の命は無かったかもしれません。気配察知、イイ仕事をしてくれました。
目の前で憎しみを込めた目で私を睨む男には、一度だけ会っています。
「あなた・・・極悪プロデューサー!」
驚きも露に叫ぶ友子。名前覚えていないようです。私もすぐに記憶から消去したので非難も批難もいたしません。大体、あんなのの名前を覚えるなど脳の容量の無駄遣いです。記憶容量が無限でない以上、不必要なデータは片端から消去するべきです。
「あなた捕まってた筈じゃなかったの?」
「俺には神の加護があるんでな。神は善良な者を助けるんだよ」
おぞましい笑みを浮かべて戯れ言を宣う極悪プロデューサー。本当に神に助けられたのだとしたら、助けたのは邪神の類いでしょう。
「まぁ、すぐ近くで爆発が起きた時は驚いたがな」
「爆発ですって?それって、前橋の!」
私が中継をした刑務所での火災。こいつは逃げていた囚人の中にいたようです。それで戻らずにここに来たのでしょう。
「手始めに、お前に復讐する。その後はユウリだな。お前は殺すが、ユウリは遊んだ後に売り払うか」
卑猥な笑みを浮かべる元極悪プロデューサー。それ、絶対に叶える事は出来ません。
「それって、無理よねぇ」
「うん。どう考えても無理だわぁ」
私を殺した段階で、ユウリも死んでしまいます。だから実現しようがありません。
「前回、大人数で囲って勝てなかった私に、一人で勝てると思ってるの?」
「ああ、こいつじゃ勝てないだろうな。だから、こんな物を用意してみた」
ナイフを腰のホルダーにしまった元極悪プロデューサーは、脇に手を突っ込むと黒い金属の固まりを取り出しました。
「なに、一発では終わらせない。弾は充分にあるからな、楽しんでくれや」
優越感にひたりながら、改造トカレフにサイレンサーを付ける元極悪プロデューサー。
「遊!逃げて!」
後ろで防弾盾を構え叫ぶ友子。電車の中で見せて貰った防弾盾が早くも役にたちそうです。
「よもや、防弾盾が必要な事態になるとはねぇ」
「まぁ、遊だから。常識なんてあてにならないわよ」
醒めた目で即座に言い返す友子。その言い方だと、私が非常識なように聞こえてなりません。
「友子、私は至って普通の常識人よ。人聞きの悪い事を言わないで」
友子の誤った認識を正そうとした時、パシュッと気の抜けた音がしました。
「お前ら、随分余裕じゃねえか。俺を嘗めてんのか?」
トカレフ擬きの銃口を私に向けて元極悪プロデューサーが凄みます。しかし、武器に頼る弱虫なんて怖くありません。
「威嚇のつもりで撃ったんでしょうけど、サイレンサー付けてるから迫力無いのにねぇ」
「遊、残念な頭の人に何を期待しても無駄よ」
私を窘めているようで元極悪プロデューサーを煽る友子。さて、流石に銃が相手では真面目にやらないといけません。プロデューサーに向き合い、彼の一挙手一動足を見逃さないように集中します。
「クックック、精々哭いてくれよ?」
私の右足を狙って弾丸が撃ち出されました。しかし着弾前に半身になっていた為、銃弾はアスファルトにめり込みました。
「くっ、運が良いな」
左足を標的に弾丸が飛びます。弾丸は右に二歩移動した私に当たらず、またしてもアスファルトに命中しました。
「あなた、バカでしょ?拳銃持ってるくせに、射撃のイロハも知らないの?」
クスクスと笑いながら言い放ちます。元極悪プロデューサーは顔を真っ赤にしていきり立ちました。
「小娘が、戯言を言いやがって。銃なんて物は、撃てば当たるもんだよ!」
三射、四射と銃弾が放たれました。しかし、右腕と左腕を狙った銃弾は虚しく空を貫くだけでした。
「ただでさえ当たりにくい四肢を素人が狙っても当たらないわよ?それに、拳銃はちゃんと両手で狙わないとね」
ドラマやアニメなんかで格好よく片手で拳銃撃っていますが、実際にあんな撃ち方したら当たりません。銃を撃つ必要に駆られた人は、ここの所に注意しましょう。
プロデューサー、再登場




