第百六十話 顛末は
「ねえ、フリーライターが遭遇するのは殺人事件じゃなかった?これは火災よね」
「それは兄が警察庁刑事局長の場合だ。それに、あれの原作者さんは長野でここは群馬だ」
身元を照会した刑事さんが手のひらを返すシーンは毎回笑えます。某サイトに投稿されているそのシーンだけ切り抜いている動画は、結構お気に入りです。
「えっと、今回の顛末、記事にしても良いか?このネタをくれたら、ユウリちゃんの事を追いかけるの止めるから」
忘れ去られていたライターがおずおずと聞いてきました。彼にしてみれば、散々ネタになっている私のスキャンダルよりも起きたばかりの事件である火災の方が美味しいネタなのでしょう。
「私は構わないわよ。ただ、約束は守って下さいね」
それで私への追求が無くなるなら願ったりかなったりです。断る理由は私にはありません。
「ならば一緒に取材といくか」
「おっ、あそこに消防の人がいる」
撮影スタッフも了承したようです。目敏く消防の人を見つけ、一緒に取材を敢行しています。一通り取材を終えた頃、他局の中継車も到着し始めました。
「ユウリさん、お疲れ様です」
私達が映像を送った局の正式な中継スタッフも到着しました。元々のスタッフは番組制作会社のスタッフで、局の直属ではなかったのです。
「では皆さん、お疲れ様でした。ユウリさん、中継入ります!」
本職の中継クルーが来たので、臨時レポーターの私はお役御免の筈です。なのに、何故私が呼ばれるのでしょうか。
「引き続きリポーターをお願いします。ユウリさんのレポート、かなり好評ですよ!」
忘れられているかもしれませんか、私はレポーターではなく声優です。本職のレポーターさんのお仕事を奪うつもりはないので、本職の方を呼んで欲しいです。
私が内心どう思おうと、代わりの人がいない以上私がやるしかないのが現状です。再びイヤホンとマイクを受け取り、向けられたカメラに意識を集中します。
「では中継入ります。3・・・2・・・1」
カメラの撮影中ランプが灯ると同時に営業用スマイルを浮かべ、こういった現場で使われる定型文から入りました。
「こちら現場のユウリです。消火作業は順調に進み、辺りには取材のマスコミも集い騒然となっております。警察はまだ現場に入れておらず、原因の調査にはまだまだ時間がかかる見通しです」
今日はただブラリとお散歩をして、その様子を収録するだけだった筈です。なのに何故、私は火災の現場から生中継でレポートをしているのでしょう。
後日、この火災の原因が判明し、世間は騒然となりました。その騒ぎに紛れ、私のスキャンダルは見事に吹き飛んてしまったのです。
刑務所爆発による収監者避難という珍事に加え、爆発の原因が国民の怒りを呼び注目を集めました。
刑務所では、収監者に木工品を作らせ販売しています。その収益を刑務所の運営に充てたり、収監者が出るときに渡すお金とするのです。
その木工所で粉塵爆発が発生。木の切り屑などで可燃性の粉は大量にあるので、室内が狭くない木工室でも起きてしまったそうです。
勿論刑務所でもその危険性は知っていたので、当然の事ながら木工所内は火気厳禁になっていました。でも、そんな決まりを破って木工所内でキセルを吸っていた看守が居たそうです。
そのキセルの火の粉で引火し、爆発が起きました。中心部にいた看守は火傷を負って重症、他にも軽傷者が数名治療を受けたそうです。
下らない理由で発生した事故に怒りが集中し、マスコミはこぞって追及しています。おかげで、私のスキャンダルは忘れ去られました。
「可燃物が散乱している部屋でキセルって、その人常識という物が無いのかしら?」
「由紀、残念ながら世の中には常識が通用しない人間も存在するのよ。小切手を盗んでおきながら、取り返しに来た人を恐れて警察呼んだ人も居たそうだから」
由紀と共に平謝りする役人の会見を居間で見ていると、背後から忍び寄ったお母さんに抱き締められました。
「遊ちゃんのレポート、見事だったわ。でも、ロケに行って火災現場に居合わせるなんて運が良いのか悪いのか・・・」
「悪いに決まっているわ。私はただ、平穏な日々を暮らしたいだけなのよ。事件や事故に巻き込まれるなんて冗談ではないわ」
「「平穏?それは無理!」」
お母さんと由紀に、間髪入れずに否定されてしまいました。世の中には無理な事もありますが、平穏に生きる事が無理なんて誰も断言出来ない筈です。
「人気声優のお姉ちゃんが平穏?多分来世になっても夢物語だわ」
「私とお父さんの娘ですからねぇ。遊ちゃん、ちゃんと現実を見ないとダメよ?」
「私には味方が居ない事はよくわかったわ・・・」
この時、私達は知りませんでした。実は、この事件は終わっていなかった事を。そして、その影響が私達に降りかかってくる事を。




