第百五十九話 燃えているのは
「ユウリちゃん、本当はKuki君と熱い仲なんじゃないの?燃えるような熱い恋とかに憧れてない?」
フリーライターの質問を聞いた瞬間、言い合っていたファンクラブと見守り隊の罵声が消えました。まるで時間が止まったかと錯覚する程でした。
「ねえ、聞いた?」
「燃えるような熱い恋って・・・」
「うちの親ですら使わないわよ!」
「あれは無いよなぁ・・・」
今までいがみ合っていたファンクラブと見守り隊の面々が、嘘のように意見を一致させ生暖かい視線をライターに向けていました。
「な、何だよ!俺達位の年代ではよく使う表現なんだよ、そうだよなあ!」
同年代だろうと思われる撮影スタッフに同意を求めるフリーライター。しかし、スタッフの返答は冷たいものでした。
「いやあ、あれは無いよ」
「流石に使わないなぁ」
味方はどこにも居ませんでした。恐らく、収録を邪魔されているという点を除いても同じ返事になっていたでしょう。
「も、燃えるようなとか、熱くなるって表現は今もあるじゃないか!『燃えて青春駆け抜けろ』とか、『もっと熱くなれよ』とかさぁ!」
フリーライターは何とか同意を得ようと反論しました。しかし、その反論に対しても冷めた視線が投げ掛けられます。
「うわぁ、こいつオタクよ!」
「しかも、例題が微妙に古いよな」
容赦なく反論を打ち返され、フリーライターは撃沈しました。
しかし、意外とすぐに復活して叫びます。
「あー、もう!俺の感性なんかどうでも良いんだよ!ドカーンと燃えるような恋をしてるんだろう!」
羞恥で顔を真っ赤にしながら詰め寄るフリーライター。オッサンが顔を赤くしても不気味なだけで、何処にも需要は無いと思います。
などと益体もない事を思った瞬間、ドカーンという大音響が響き、次いで衝撃波が到達しました。反射的に音源の方を見ると、高い塀に囲まれた建物が炎を吹き上げていました。
「・・・ドカーンと燃えてるね」
「熱くなってますねぇ」
スタッフさんと見守り隊の言う通り、確かに燃えて熱くなっています。でも、そんな事を言っている場合ではありません。
「桶川さん、110番と119番。負傷者の救出とか消火の手助けが出来るかも。行きましょう!」
皆が我に帰り、塀沿いに走り出します。すると、前方から灰色の同じ服を着た集団が走ってきました。その迫力に私達は道の端によけ、集団が走り去るのを待ちました。
「何だろ、あれ」
「爆発で逃げた人達かなぁ」
疑問に思いつつも、考えたところで正解が出るわけでもありめせん。再び塀の中への入り口を求めて走ります。ちなみに、警察と消防には桶川さんが通報済みです。そして、私達は塀の施設と先程の男たちの正体を知りました。
大きな門の前にかかった看板には、こう書いてありました。
「前橋刑務所」
刑務所内で火事などが発生した場合、収監している囚人を一時的に逃がす処置をとります。戻ってくれば刑期短縮に繋がりますが、逃げた場合はその分も含めた罪になるそうです。先程出会った集団は、その囚人だったのでしょう。
「既に警察と消防は来てるわね」
「私たちが手伝える事は無さそう」
ついてきたファンクラブの女子が言う通り、素人の私たちに出来ることは無さそうです。強いて言うならば、消火や救助の邪魔にならないように見守る事だけです。
「それならそれでやることが有るわよ!」
どこかに電話していた桶川さんが張りきりだしました。しかし、私にはこの状況でやれる事など思い付きません。
「この現場をレポートするわよ。撮影機材があるんだから、しっかり中継するの!」
「でも、レポーターがいないわよ?」
今日の取材クルーは、突発事項に対応出来るように中継用の機材も持参していたようです。しかし、機材があってもそれを伝えるレポーターがここには居ません。
「なに言ってるの?ユウリちゃんがレポーターになるのよ」
まさかとは思いましたが、私がやらされるようです。私は声優であって、レポーターではないと声を大にして言いたいです。
「中継準備出来ました。スタジオと繋がります!」
カメラを構えたスタッフが叫びます。こうなるともう、断る事など出来はしません。諦めて渡されたイヤホンを耳に装着し、付属のマイクの位置を調整します。
「では、現場にいるユウリさん!」
「はい、こちら現場のユウリです。5分ほど前、ドカーンという音と共に前橋刑務所内で火柱が上がりました。その後収監されていた囚人が避難するのに行き合いました。現在、消防により消火作業中の模様です」
ニュース等でみるレポーターの口調を真似して、判っている範囲の内容を話します。スタッフさんの反応を見るに、悪くはないと思います。
「ユウリさん、爆発の原因は判ってるのですか?」
カメラの横にいたスタッフが「まだ公式発表はなし」とのフリップを立てました。スタッフさん、いい仕事してくれます。
「まだ警察や消防による発表はなく、原因は不明です」
「わかりました。動きがあり次第、報告お願いします」
「わかりました。では、一旦スタジオにお返しします」
カメラの撮影中を示すライトが消え、中継が終了しました。人生初のニュースリポート終了です。
「ふう、緊張したわ」
「ユウリちゃん、お疲れ様。少し休憩しましょう」
桶川さんが紙パックの紅茶を渡してくれました。レポーターに追いかけ回される立場の私が、よもやリポートをする方に回るとは夢にも思いませんでした。
「いや、反響が凄いよ!うちだけの独占スクープだし、レポーターが超美少女だ。視聴率が跳ね上がったらしい」
スクープをものにして、スタッフの皆さんは満足そうな顔をしています。




